第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

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 そんな初夜から二週間後。  そういうものではある。  が、限度があるだろう。 「ケツが……死ぬ……!」  九蔵はうまい屋への道すがら、猫背気味に哀愁漂う背中を丸め、ノタノタと歩いていた。  理由は簡単。  初めてのセックスを終えた夜から、ことあるごとにニューイが手を出してくるのだ。  素直でカワイイ子犬な性格で見た目はお上品な王子様フェイスなニューイが、まさか野獣になるなんて。  人づてに聞けば嘘だと笑い飛ばせる話も、体で実感すれば笑えない。  雰囲気を作って丸め込んではベッドに押し倒され、普通にしていてもなんやかんやと理由をつけて、それはもう毎晩のように求められていた。毎晩のように。  順を追って説明しよう。  まず、家事がうまくできればご褒美が欲しいとオネダリする。  家事に失敗すれば九蔵は叱る。  ニューイは謝りながらべそをかき後始末をつける。  その後、そーっとそーっと近寄ってきてコツン、と額をひっつける。  しょげたニューイを許そうものなら、九蔵が優しいと感動して愛が溢れたキスが襲い、そのままベッドインコースだ。回避不可能である。  九蔵に職バレしたとなり、モデルをしたままの格好で帰ってくることもあった。  曰く、現場の人間たちにカッコイイと褒めてもらったので九蔵にも見せたくなり、文字通り飛んで帰ってきたらしい。  ポンコツニューイでもムシになる九蔵が、キメキメニューイに飛んでこられて、オチないわけがないだろう。  メロメロに溶けている間にカワイイカワイイと愛でられ、ベッドイン。  もうどうあがいてもベッドイン。しかもしつこい。しかも恥ずかしい。  九蔵が普通のセックスがいいと言ったのでそれを遵守して律儀にベッドでシてくれるものの、体位を変えつつひたすら普通に突かれるだけ。  おかげで嫌悪感なんて微塵も抱かずすぐに感じられるし、後ろに挿れられることにも慣れきってしまった。  童貞の九蔵にとって、シンプルな快感に漬けられるのが一番恐ろしい。  前の快感を知らず、後ろで余裕の絶頂をキメられる男。なんかもう死にたい。  それでもニューイを拒めないのは、嬉しそうに引っ付いてくるニューイに求められて、喜んでいるからだ。  九蔵はいつも、気持ちいいと恥ずかしいの狭間を反復横跳びする。  ついでに理由をつけるとするなら、ニューイが仕事をしていると知ってから家事を分担していることだろう。  するとそのぶん九蔵に貢ぐ賃金をたくさん稼ぐぞ! と意気込み、ニューイは仕事を多く入れてしまった。  よって、一緒にいる時間が減る。  ……だからその、一緒にいる時は濃密になるものだろう。お互いに。  九蔵のハートは複雑だ。  セックスはやぶさかではない。しかしケツが赤剥けてムズムズする。これはマズイのではなかろうか。ならば拒まねば。しかしイチャイチャしたい。ケツがマズイ。  以下無限ループ。 「クソ……乙女ゲーは女性向けだし、こういう展開ねぇんだぞ……男性向けじゃ出会った時からナチュラルにセックスしてるし……どうやっていい感じに伝えりゃいいのかわかりゃしねー……間を取ってくれ世の中のエロゲ先生たち……」  ブツブツと独り言を吐きつつ、信号待ちの手持ち無沙汰な時間をロック画面のモデルニューイで潰す。  いつもの緩い笑顔ではなくアンニュイな表情でトレンドコーデなるものを披露している、画面の中のニューイ。 (……このイケメンは俺の恋人で、ホントはすげーかわいく笑うし、俺を抱いてる時の顔は俺しか知らないんですよね) 「…………」  ニマ、と口角が上がった。  単純な九蔵だ。  ニューイの画像。  もちろん収集している。  せっせとスクリーンショットを撮っては綺麗に切り抜き、鍵付きフォルダに入れてクラウド同期させているのだ。抜かりない。  ズーズィの会社のウェブサイト限定モデルなニューイは、マイナーモデル。  いくら悪魔の魅了効果で目を惹きまくる性質があると言えど、活躍の場をズーズィが規制しているのでテレビや雑誌で取り上げられることがない。  だけどファッションに疎い九蔵の目から見ても、ニューイが一番カッコイイ。  今まで散々イケメンを見てきたメンクイとしても、ニューイが一番カッコイイ。  まぁ人間を誘惑する姿や仕草をすることにおいては悪魔がプロフェッショナルなので、当然と言われればそうだが。  それでもしっかり売上に貢献しているらしいニューイは、やはりカッコイイ。もっともっとみんなの目に触れればいいのに。 「……ん、ん〜……」  そう思う反面、自分だけのニューイにしていたい気がするのは、推しを愛するオタクではなく恋人を愛する九蔵だからなのだろう。
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