第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

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 榊はこう見えて愉快犯だ。  要領がイイ九蔵と感性が愉快な澄央は榊に気に入られて、なにかと無茶ぶりの餌食になっていた。  例えば給料アップを餌に、鬼畜売上ノルマを課されてみたり。  例えばボーナスを餌に、新商品キャッチコピー大喜利大会を開催されてみたり。  ちゃんと手当も出るし誰よりも働く榊なので、九蔵と澄央は逆らえない。  結果、ヒィヒィ言いながらも無茶ぶりをこなすため、また新たな無茶ぶりを与えられる地獄ループである。酷い。  ちなみに女性には甘く紳士だ。  口癖が「ッス」の澄央が唯一必死になって敬語を使う相手でもある。  ビシッと背筋を伸ばして挨拶をした二人に、榊は「おはよう」と返す。 「ココ。今日の予定は?」 「季節限定のゴマ豆乳カルボうどん二十食ノルマ達成と、年末に向けて食器類機械類のメンテと割れ欠け調査を空き時間にやっておくことです」 「チッ。わかってるじゃないか」  そりゃもちろん。わかっていないとここぞとばかりに弄ってくるのだから、把握しておくに決まっている。抜かりはない。  そつのない九蔵はかわいげがないと言う榊だが、接客が苦手な九蔵を厨房専門にしてくれたイイ上司でもあった。  そこに飴と鞭を持ってこなくてもいいと思う。懐いてしまうじゃないか。 「つまらん。ナスは私が帰るまでに面白い小話を用意しておくように」 「え。い、いや、面白い小話ないス。です。俺、最近は駅前のユーフォーキャッチャーにハマッて五千円かけてゲットしたウルトラブンブクぬいぐるみに名前付けてかわいがってるくらいしか変化がないものでして」 「既に愉快じゃねぇか。採用」  ニヤ、と楽しそうに笑う榊を前に、澄央はガタガタと震えて頷いた。  既に愉快というかこれ以上広げる話でもないのに、期待値をあげられるなんて哀れすぎる。九蔵はそっと合掌した。 「あの、今日はなんで顔出されたんですか? シオ店長」 「あぁ、そうだった」  九蔵が尋ねると、榊は忘れていたとばかりに踵を返し、事務所のドアを開ける。  それからすぐになにかを引っ掴んで引っ張り、事務所の中に引き入れた。 「フギャッ……!」 「越後(えちご) 明日夏(あすか)。新人だ。お前ら二人で教育しろよ」 「「え」」  ポイッ! と放り込まれる人間。  その細腕で、榊は力が強いのだ。  越後と呼ばれた男はベショリと床に座り込み、バックパックを抱き抱えて縮こまった。プルプルと震えている。  九蔵たちはこう見えて強かだが、越後は見るからにか弱い一般人だろう。パワハラ的なもので榊が訴えられやしないだろうか。  というか九蔵も澄央も新人が来るなんて聞いていなかった。  いつの間に面接やら研修やらを終えたのやら。しかし皇帝が言うことは絶対なので、九蔵と澄央はただ受け入れるのみだ。  榊は「イチゴ。挨拶しろ」と越後の首根っこを引っ掴んで、無理矢理立たせた。  イチゴと呼ばれた越後は、死相が見えそうな絶望顔で頭を下げる。 「え、越後と申す……」  マッシュショートの黒髪に丸メガネ。  胸に〝空を自由に飛びたいな〟と書かれた変柄ティーシャツとジーンズという出で立ち。  特別チビではないが、そこそこ背の高い九蔵よりも頭半分小さい。  そして骨方面で細身な九蔵よりも、更に華奢だ。榊は十九歳だと言うものの、生白くて高校生くらいに見える。  吹けば飛びそうで覇気がない。  越後はわかりやすくモヤシだった。  大丈夫か、この男。  あとその話し方は地なのかキャラ付けなのか厨二的なものを患っているのか、どれだろう。どれにしても不安だが。  心配する九蔵は、越後が青ざめている理由が榊一人のせいだけではないことには気がついていなかった。  ヒョロ長で笑わずジト目にクマを作った九蔵はマッドサイエンティストふうであり、百九十センチ近い長身に三白眼に細眉で無表情の澄央はガチヤンキー。 「拙者、暇をいただきとうござる」 「店長、イチゴが白目剥いてるス」 「捨ておけ」  うまい屋が誇る〝一見さんお断りタイム〟の守護神二人は、年下の新人にドン引きされていた。
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