第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

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 顔合わせそうそう逃げたがる越後を一瞥し、榊は「頼りないのは火を見るより明らかだが、まあ聞きな」と話し始める。 「春に一人辞めてから、今、夜勤に入れるのがココとナス。あと土日だけ夜勤バイトしてくれてる公庄(こうしょう)さん……コショーさんだけだろ?」 「そうス、ですね。夜までは遅番いますけど、時によっちゃ朝に早番来るまで深夜一人、です」 「もちろん大問題だ。動かせる人員が二人いなければトラブルに対処できないだろう? お前らの希望休は私が助っ人に入ってるわけだが……もしお前らが突然休んだりした場合、店の人員だけで対処させんのが正しい姿だからな」 「あぁ、それでイチゴくん……週三以上入れて夜朝の夜勤専門の男なら、即採用する気で募集かけてたんですか」 「あ〜最低基準が厳しいんで半年新人取れなかったんスね。女の子だと危ねース。シオ店長は紳士スから」 「でもそうじゃないと入れても困るだろ? 大学生のナスのテスト期間埋めるとなると、長期のフリーターで取らなきゃだからな」 「よっしゃ。イチゴが使えるようになれば、俺らは夜勤平日週一でもイケるス。コショーさんが行けねー時の助っ人もできるス」 「俺さんとナスくんは歴長いですしね。シフトの自由度高くなるから新人の教育も捗るしスキルアップも見込めるしいいことずくめ」 「じゃー俺らもそのつもりで把握」 「連休取ってユニバ行けんぞ」 「ハラショー」 「お前ら相変わらず話早いな」 「「そりゃあ俺たち教育係がシオ店長でしたからね」」  二人揃ってコックリと頷く。  一と言われたら二と三があると思って意識しながら動け、と尻を蹴りあげられん勢いで叩き込まれた結果だ。  見た目はともあれ、九蔵と澄央は実に無害なただのイケメン好き。  教育係が九蔵と澄央な越後は、比較的ラッキーだと思う。  手間が省けたとゴキゲンな榊は「ミソにはお前らの入りが遅れると言っておくから、出勤から教えてやれ」と言い残し、来た時同様サッサと去っていった。  相変わらず嵐のような人だ。  だからこそ九蔵たちは呑気に働いているだけで、憂うことはないのだが。 「あー……」  残された九蔵は後頭部を意味なくワサワサと掻き、下手くそな笑顔をうかべた。 「とりあえず、自己紹介から?」 「エェェ……これが拙者の先輩でござるか……? 物語中盤で絶対裏切る頭のおかしい悪役的な笑顔がなんかイヤじゃ……」 「とりあえず、ココさんへの謝罪からスね」 「ナスくん。肘をあっためるのはやめなさい。エルボゥしたら怒りますよ」  ──前言撤回。どうやら越後は、なかなか図太い男だったらしい。   ◇ ◇ ◇  それから忙しい昼と夕飯時を乗り越え、澄央と二人、一日越後の指導をした。 「だぁからもっと大きな声で注文を通せって言ってるんスよ!」 「パワハラ反対! ちゃんと料理が出てくるのだから問題ないでござろう!?」 「券売機の声聞いて覚えてるだけス! 厨房専門で効率厨のココさんじゃなかったら五割聞こえてねーっス!」 「じゃあココ殿とシフトを丸かぶりにしてくれればよいのでござるよ!」 「ココさんのニコイチは俺ス! てか今大声出してんじゃないスかふざけんな膝カックンすんぞ」 「ヒッ! こ、後輩イビリでござる!」  結果、覚えのよかった後輩と覚えの悪い新人が化学反応を起こし、九蔵は苦笑いを浮かべつつ雑事をこなす。  いや、初めは大人しかったのだ。  しかし目も合わさずボソボソと喋る越後を、客前に置いておくのはよくない。  なので顔は怖いがコミュ力の高い澄央をつけて緊張を解し、九蔵は全体の仕事のフォローに回ることにした。  ……まぁ、解れすぎたのだろう。  文句を言えるくらいに距離が縮まったのならいいことだ。  九蔵さんはなにも言いません。  仲良きことは美しきかな。 「仲良くねぇス」 「拙者だって仲良くする気もないでござる! 拙者には正義のために命じられた使命がござる故! アルバイトはその繋ぎに過ぎぬことなり!」 「ココさん。このござる山に捨ててきましょ。それが俺らの使命ス」 「鬼チクショウでござるな!?」 「うん。後輩たちよ。あと五分で上がりだから、喧嘩はおやめなさい」  ギャンギャンと両サイドから吠えかかられゆさゆさと揺さぶられ、九蔵は「俺を揺さぶるのもおやめなさい」と苦言を呈する。  もうすぐ澄央を残して九蔵と越後は上がる時間なのだが、ヒートアップしている二人は聞きやしない。  若者は感情の温度が高くてホットだ。省エネ人間の九蔵は黙して耐えるのみ。  散々揺さぶられてようやく上がり時間になった九蔵は、越後の首根っこを掴んでズルズル引っ張った。 「じゃ、お疲れ様」 「お疲れ様ス」 「お疲れ様でござる」  澄央は中指を立てて見送る。  越後は変顔を返す。小学生か。
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