第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

20/40
前へ
/477ページ
次へ
 ──翌朝。  ニューイと澄央のイタズラ会議なんて知る由もない九蔵は、爽やかに目覚めた。  いきなりのお誘いでズーズィのオモチャにされて酷い目にあった昨晩だが、朝になるとリセットされる。  ニューイの腕の中で迎える朝は、脳内の小さな九蔵たちに〝わーいわーいハピハピハッピー!〟と言わしめるからだ。  そこ、チョロいとか言うな。  推しが恋人で毎日朝チュンしているオタクの気持ちを考えたことがあるのか? ないなら考えてくれ。軽く死ねるぞ。  そんな戯言を脳内で主張しつつ、九蔵はいつも通り毎朝のルーティーンを開始。  ユノ育成、ソシャゲクエスト、買い切りゲーム攻略。これらを流れ作業化し、決まった時間まで終えるのだ。  ニューイはその間、二人分の朝食を用意する。早寝早起きよいこのニューイ。  ──個人主義の九蔵とべったりひっつき虫のニューイが適度な距離を保つため、食事は二人で取り、お互いの話をする。  仲直りには欠かせなかったこのルールは、恋人同士になった今も継続中である。  とはいえ日中はニューイとて働いているし、九蔵は夜勤もある。夕食、昼食は共に食事ができない時もあるので、朝食は特に大事な時間だった。  ニューイも朝食作りは慣れたものだ。  トースターを使いこなせるようになったニューイは、毎朝ひたすらに食パンをトーストする。毎朝ひたすらに。  たまにご飯が食べたくなっても、九蔵は黙ってモソモソとトーストを食す。  ニューイはインスタントコーヒーも作る。火加減の調整が下手くそなニューイはコンロとの相性が最悪だが、ポットは優しくお湯を注ぐ。かき混ぜるのも上手だ。  そしていつも、九蔵のカップへミルクをたっぷり入れてくれる。  優しさと愛情なのだ。  九蔵がミルク系の食べ物が好きだと知っているからだろう。  おかげで「俺、実はコーヒーだけはブラック派なんだよな」と言い出せない九蔵は、黙って飲み干す。  ニューイはたまにカップスープも作ってくれるのだが、これはうまいこと作った。  一緒に買い物に行った時にオネダリされて買ったクルトンを山盛り入れなければ、だが。  トーストを食べているのに大盛りのクルトンを注がれると、パン・アンド・パン。なかなかヘビィだ。  だが、それも九蔵は黙って食べる。 『ん? クルトン買ってほしいのか?』 『うむ。朝食のスープに浮かべたいのだ。テレビで見たスープにはコレが浮いていて、とても美味しそうだったぞ。是非、九蔵に食べてほしいのだよ』 『ンフッ……カゴに入れな……』  大好きな九蔵の〝うまい〟のためになんでもしたい。  そういう愛がわかりやすいニューイのニコニコ笑顔を思い出すと、これはこれで良いのだ。……と、思う。たぶん。 (ホントは、こういうことも全部言ったほうがいいんだろうけどなー……)  澄央の不満ぶちまけ理論。  あれを考えれば言うのも大切だと思うが、九蔵はニューイの笑顔が好きだ。変わりない日常が好きだ。変化なんていらない。  リアルガチな夜の推し事が過ぎることをニューイに言わなかった理由も、そういうことである。 「フンフンフン。夢は玉子焼きをクルリと巻くことである。ン、ン、ン~」  ご機嫌に鼻歌を歌いつつ一生懸命料理をするニューイのエプロン姿の背中を密かにチラ見しながら、九蔵は平和な日常にファンファーレを送った。 「九蔵、食事ができたぞう」 「韻踏んでんの?」 「む? 踏んでいないぞう」 「くく、踏んでないですか」 「むむ……? よくわからないが、今日はスペシャルな朝だね。九蔵の素笑いが見られた。天使も嫉妬する愛らしさだよ」 「シャラップ」 「クーン」  言い足りなさそうな顔をするな。  こちらの心臓がもたないだろう。  九蔵は頬をコスコスと擦る。  朝食の乗った皿を持ったニューイがやってきて食卓につきながらかわす会話も、いつも通りだ。  両手を合わせて、いただきます。  なにも塗っていないトースト派の九蔵はそのままサクリとかぶりついたが、ニューイはジャムの瓶のフタを開けようとしてギュルンッ! とフタをひねり飛ばし、中身をドビチャッ! と爆裂させた。  いつものことである。
/477ページ

最初のコメントを投稿しよう!

770人が本棚に入れています
本棚に追加