第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

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  ◇ ◇ ◇  九蔵がいくらカチ、カチ、と進む秒針を親の仇のように睨みつけたって、時間が止まるわけもなく。 (お、おバイト終了……!)  カーテンで区切られたお着替えブースの中で、九蔵は冷や汗をタラタラと流しながら、震える手で着替えていた。  カーテンの向こうでは、着替え終えた越後がすでに待機している。  今日は朝から晩までシフトだ。  草の根活動が裏目に出た。  九蔵と越後はセットなので、帰宅時間はピッタリ合致してしまう。ガッデム。  しかも、ここにきて九蔵のコミュ障までもがさく裂してしまった。  一緒に帰ろう、と言われていないので、越後に「今日は先に帰ってくれ」とは言えない。自意識過剰過ぎる。  けれどおそらく越後は、九蔵の着替え終了を待っているだろう。途中まで帰り道を共に歩く気は満々だ。  でももし、違ったら?  恥ずかしいの極みじゃないか。丁寧に死ねる。九蔵にそんな勇気はない。 「もしかして一緒に帰る気か? とか聞けるわけねーし……というか先に帰ってって言ったとして、なんで? って聞かれたらどうすんだ。今から悪魔な彼氏がマウント取りに来るからだぜって? 言えるかバカタレ」 「ココ殿~ちょっぱやで出るなり~! 夜勤が来たら着替えられないでござるよ~?」 「おー」  いや。おーじゃない。  思考中に話しかけられて反射的に普通の返事をしてしまい、九蔵はちょっぱやで着替え終えて出なければいけなくなってしまった。  ああ、不運。  青ざめた笑顔でモソモソと着替える。  ニューイのことだから、九蔵があがる時間までに必ず待っているだろう。なんだったらドアの前に張りついていても、おかしくない。  越後を逃がすことも自分がダッシュで逃げることもできないとすれば、最早強制戦闘シーンカットインは不可避である。  なぜなら後輩はエクソシストで、恋人は悪魔様なのだから。そう考えた時。 「……待てよ?」 「もう待てないで候~」  キュピン、と九蔵は閃いた。  うちの悪魔様は人間に擬態している。一見して悪魔になんて見えっこない。  誰が見ても「ワオ。ただのドストライクイケメン降臨丸。撮影オナシャス」としか思わないだろう。  それは当然、エクソシストとはいえ人間の越後にも適応されるはずだ。  とりわけ越後は見たところ煌びやかな、いわゆるパリピ、リア充、陽キャと言われる人種を恨んでいた。  ニューイは見るからに勝ち組だ。  ドンピシャ殺意の対象となる。自分から近づくことはあり得ないに等しい。  それらに基づくことの、イコール。 (ニューイの出方にもよるけど……薄っぺらい挨拶だけして、そそくさと解散する微妙な流れオチ……ッ!)  いける。  これはいける。  光明が差した気がした九蔵は拳を握り意気揚々と帰り支度を済ませ、シャッ! とカーテンを開いた。 「お待たせ。よし行くぞ」 「それはココ殿。よし行九蔵で自分の名前とかけていたのか、シンプルに吉幾ぞ」 「シャラップ」  なんの躊躇もなく先輩を弄る越後を黙らせ、従業員出入口のドアをそーっと開く。  まずは敵影確認。店の前や駐車場にはいない。  人気はないものの、車道には車が行き来している。となれば、ここから死角になっている歩道が危険だ。  ゴクリ。唾を飲む。  今か今かと恐ろしい気分ではあるものの、越後が不審がるといけないので、素知らぬ顔をして店の外へ出た。  意を決して住宅街の方向を見る。  ……誰もいない。 「あれ……?」  サプライズでお迎えに来るドッキリを仕掛けると言ったはずのニューイがどこにも見つからなくて、九蔵は拍子抜けしてしまった。  いや、まぁ、別に来てほしかったわけじゃないので問題はない。  別に来てほしかったわけじゃないが、いないならいないで、それはなんというか、心持ち残念なような気がする。別に来てほしかったわけじゃないが。
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