序話 悪魔な彼のプロポーズ

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 拝啓、アパートの管理人さん。  お元気ですか。こちらは元気じゃないです。お腹が減りました。  早速ですが、本題です。  晴天の朝にて──玄関のドアがドゴォンッ! となにかに吹き飛ばされたのですが、敷金でまかり通るでしょうか。 「……。新しいタイプの寝起きドッキリか」  届かない手紙を脳内で大家さんに送った部屋の主──個々残(ここのこ) 九蔵(くぞう)は、ベッドから起き上がった体勢で眠気まなこを擦った。  部屋のドアが開けっ放しなので、寝起きの脳には少々ショッキングが過ぎる光景がよく見えるのだ。  廊下の奥でひしゃげた玄関ドア。  どこからどう見ても吹き飛んでいる。  これではプライベートもなにもあったものではないだろう。  というかドアとは吹き飛ぶものなのか? ひしゃげるものなのか? ちょっとよくわからない。人間じゃない。  パチパチと瞬き。  目から光がなくなる九蔵は次に、この状況の犯人へ視線を移した。 『…………』 「…………」  破壊された玄関に居座る影が、恭しく跪き、ドラマのワンシーンのように真っ赤なバラの花束を差し出している。  これだけならいい。  いやよくはないが、なんかもういい。  問題は花束からほんの少し覗く犯人の頭が──白くて硬そうな剥き出しの骸骨だ、ということだ。  しかも人間のものじゃない。  黒く湾曲した太い双角。細長いトカゲのような尾。背中から生える翼は、カラスを思わせる黒塗り。  裸足の足はガーゴイルのようだ。  質のいい臙脂のスリーピースを身に纏う犯人は、跪いていてもわかるくらい背が高かった。二メートル以上あるかもしれない。  九蔵はもう一度、瞬きをする。  信じたくない。  信じたくないがこの要素を見るに、玄関ドアを破壊して花束を差し出すこのモンスターは──悪魔(デーモン)系の、なにかしらだろう。 「……あー……」 『!』  九蔵が微かに声を漏らすと、骸骨頭がカロンッ! と顔を上げた。ああほら見ろ悪魔だ。正面から悪魔だ。あからさまに悪魔だ。非現実の極みじゃないか。  よしんば悪魔でなかったとしても、玄関ドアを破壊される時点で九蔵にとっては悪魔に違いない。  しかし追い出そうにも、相手は非常識で大柄な骸骨悪魔。  背は平均より高いがこもりがちで痩せぎすな九蔵には勝てっこない。戦力的にはモヤシといい勝負である。  となると、行動は一つ。 「よし。寝るか」 『!?』  寝起きであまり動きたくないテンションだった九蔵は重力に身を任せ、バタン! とベッドに倒れ込んだ。  が。 『っこ! 個々残(ここのこ) 九蔵(くぞう)っ!』 「こいつ、脳内に直接……!?」  非常識悪魔からのテレパシーを受信し、ガバッ! と起き上がった。  脳内ダイレクトシステム。既読スルーは許されない仕様だったらしい。寝かせてくれチクショウ。 『私は、悪魔の、ニューイである! 種類はツノ骸骨の男で……趣味は読書……特技は悪魔液の調合で……その……あの、だな……』  フォォンフォン、と脳内に響く無駄にいい声のセリフに、九蔵は警戒する。  やはり悪魔か。この男らしくも色っぽいバリトンボイスは嫌いじゃないが悪魔はノーサンキューだ。 『つまり……私は、キ、キミが……』  しかし悪魔はモジモジと身を揺すり、カロカロチラチラとベッドの上で顔が死んでいる九蔵を伺う。  そしてスゥッ、と深く息を吸うと、それはそれは大きく震えた声で九蔵にはっきりと、言い放った。 『──ぜ、前世からずっと好きでしたッ! 結婚を前提に、私に魂をくださいッ!』 「お引き取りください」  どうやら本日九蔵が仕掛けられたものは、寝起きドッキリではなく、寝起きプロポーズだったらしい。
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