第四.五話 アベコベ店長と拙者こもごも

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 そうしてやんややんやと盛り上がっていると──ガチャ、とドアが開き、本日の夜勤である榊が事務所に入ってきた。 「「「おはようございます」」」 「おう」  目視、認識、頭を下げてご挨拶。  九蔵たちは訓練された兵士のように元気よく挨拶をする。  うまい屋では榊が何時に入ろうが、挨拶はおはようございます、だ。  ついさっきまで騒いでいたくせに、修学旅行で先生の見回りにあった生徒のごとく黙々と食事をする、九蔵たちヤング男子アルバイター。  榊はあれでノリのいい上司だが、いかんせん威圧感が半端ない。  そしてうまい屋の食物連鎖の頂点に君臨する皇帝でありながら、まごうことなきアレ(・・)なので、掘った掘られたの話をするのは気が引けた。  ゴク……と緊張に硬直する九蔵たち。  そんなことなどどうでもいい榊は、いつも通りのスーツ姿で颯爽と歩き、パソコンでタイムカードを切ったあと「覗くなよ、野郎ども」と言ってカーテンで仕切られた着替えブースへ入っていった。  どうにか無茶ぶりで弄られることなく食い殺されずにやりすごした三人は、静かに息を吐いて肩を丸くする。  特に榊が恐ろしいやんちゃ坊主の越後は、テーブルにベテッとくっついてもだもだとくだを巻き始めた。 「はぁ~……お上が来ると拙者の寿命が縮むでござるよ~……!」 「まあ一瞬だけだぜ。最初に会った時機嫌が悪くなければ、そのあと悪くなることねぇよ。普通に働いて普通に話してりゃ怒られないからさ」 「そッスね。シオ店長に笑いのツボ以外の怖いとこはねース」 「ホントにござるかぁ~?」  越後は「お上、拙者の時とはずいぶん態度が違うでござる!」と歯ぎしりし、カーテンを睨みつける。  厳しく躾けられたが本当にほとんど本気で怒られたことはない九蔵と澄央は苦笑いだ。  正確に言うと、澄央はバカを見る目で見下している。 「というか覗くなよって覗くわけないでござろうっ! お二人と違って拙者に男色の気はないで候っ!」  そんな二人の手慣れた感がおもしろくないらしく、越後はなおも榊への文句をぐだぐだと並べた。 「美女の生着替えじゃあるまいし、誰がオレ様男の硬い胸板を見たいでござるかっ!」 「男? シオ店長は女性だぜ」 「…………?」  そして九蔵の一言に、キョトンと静止する。  なぜ静止したのかわからない九蔵は澄央と顔を見合わせ、二人で首を傾げ、もう一度越後と目を合わせた。  越後は耳に手を添えて、よく聞こえなかったアピールをする。  いや、よく聞こえなかったもなにも、見ればわかるじゃないか。 「増尾 榊ことシオ店長は、女性です」  九蔵は改めて丁寧に宣言した。  コラ。両手を耳に添えるな。聞こえているだろう。 「いやまあシオ店長は確かにバチクソイケメンだけど、ちょっと見てたらわかるよな? 男ばっかり見てる俺としちゃ骨格が違うし、そもそも〝私〟って言ってるし、本人別にトランスジェンダーでも男性化願望あるわけでもないし……」 「想像力が欠如してるんスよ。あれだけのイケメンで性格も男気溢れる上に仕事の鬼でだいたいの問題をワンパンで片付ける最強無敵のオレ様エンペラーなシオ店長スよ? ガチホモの俺が無反応で、メンクイのココさんが慣れたとはいえ崩れ落ちずに済んでいる時点で、まず男じゃないのわかるス」 「エェェェェ……ッ!?」  九蔵が渋い顔で越後を見つめながら根拠を含めて説明をすると、澄央がフン、と鼻を鳴らして腕を組む。
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