第四.五話 アベコベ店長と拙者こもごも

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「レディーススーツじゃないでござる!」 「レディースだぜ。動きやすさ重視でパンツスタイルなだけです」 「でも拙者とタメくらい縦寸がござろう!?」 「あぁ、百七十五だったかねぇ。でも細身だろ? 俺みたいに骨っぽいわけでもねぇからな。女性にしては筋肉質だけど」 「いやわからんわからん! 夜勤の時だって夜の仕事をしている男女共に大人気イケメンでござるし! 男である拙者より嬢にモテる女なんてちょっとよくわからないでござるぅっ!」 「そんなこと言われてもなぁ……」  榊は生まれた時から女性で、今も変わりなく女性だ。  ガビーンとショックに顎をあんぐりと開いた越後がカーテンと九蔵たちを交互に見ながら血走った目で抗議するが、九蔵にはどうしてあげることもできない。諦めろ、後輩よ。  どうしようもないので九蔵は小鉢の酢の物をつまみ、澄央は頬袋パンパンに米を含んでモギュモギュと咀嚼する。  メンクイな九蔵は性別関係なく美男美女が好きだが、どちらかと言うと男が好きなので美女には耐性があった。  そして榊は男としてのイケメンだとすると、男らしさが足りない。  典型的な王子様、お姫様が好きな九蔵にとって、中性的な榊のイケメンさはどっちつかずなのだ。  ……まあそれでもうまい屋に入って一ヶ月は榊と目を合わせなかったことは、言わないでおこう。  イケメンばかり見ていた九蔵はイケメン女子とイケメンの区別は瞬時につくので、初めから榊がちゃんと女性に見えている。  なので、越後の驚きは理解できない。  澄央は澄央でゲイの本能から榊が女性だと嗅ぎ取っていたため、榊を男だと思ったことがない。故に理解できない。 「──だから私はココとナスを気に入ってるんだよ。会った時より機嫌が悪くならないのは、ココとナスが私の気に食わないことをしないからだ。イチゴと違ってな」 「ヒィンッ」  頭を抱えてギャーギャーと一人世紀末と化している越後を澄央とともに眺めていると、渦中の榊がシャッ! とカーテンを開けた。  越後は悲鳴をあげる。  妖怪を見たかのような反応だ。  榊は帽子をかぶっていない自分の前髪を指先でいじり、「そんなに男っぽいか?」と言いながら腕を組む。 「おっ、おお、お上っ」 「体型は体質及びまな板胸囲。髪型は帽子の中にしまいやすく楽だから。話し方は素。女の子らしい話し方のほうが装飾が多くてめんどうだろう? 別にどれも意識して変えていない。かわいくありたいともかっこよくありたいとも思っていない。強くありたいとは思っている」 「ヒェ……」 「まぁ声は低いほうだが、文句の多い新人を教育するにはそっちのほうがいい。なぁ、イチゴ」 「ギャーンッ!」  榊が話すたびに冷や汗を流して青ざめていく越後は、榊に首根っこを掴み上げてガタガタと揺らされ、恐怖の鳴き声をあげた。  当たり前だ。厚手のカーテンとはいえ防音機能なんてない。  声をひそめなかった越後の言い分なんて、筒抜けに決まってる。哀れ、越後よ。  九蔵と澄央がそっと両手を合わせて拝むと、越後は「薄情な先輩らめぇっ!」と恨みをこぼし、至近距離で榊に睨まれ黙りこくった。  小動物のように縮こまる越後を鼻先が擦れ合うほど近くで睨む榊が、ニタ、と口角をあげて狂暴な笑みを浮かべる。 「ちなみに、私はビアンだ」  ──なんの解決にもならない追い打ちを食らった越後は、白目を剥いて「拙者が対象かは聞いてないと言うのになぜフラれた気分に……」と言い残し、安らかに魂を飛ばしたのであった。  その後。 「一応ニューイにも『シオ店長って男と女どっちだと思う?』ってマインで聞いてみたけど、普通に『じょせいと思います。しつけがお上手』って返って来たぜ」 「ほら。イチゴだけッス」 「拙者に味方はいないのでござるかッ!?」  第四.五話 了
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