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ひもじいとわかっていて無視はちょっと酷い。けれど魂をあげるなんて怖いし、生気はバイトに差し支える。
食欲も睡眠欲もなくなると人は死ぬ。
消去法で性欲。わかるが、九蔵の羞恥心とモラルが苦悶に唸っている。
(腹が減る前に少しやればいい、のか……? いやいや……ん~……んんん……あ~……うぅん……、……よし)
「ニューイ」
「へむ」
ニューイは情けない顔で九蔵を見つめた。これにはいつも絆されてきたが、昨日から多少慣れているためニヤケをこらえる。
「昨日のやつは腹が減ってたから発動したんだろ? 能力とかも、そういう存在なんだからしかたないよな」
「へぁ……?」
「だから、その……腹が減る前にちょこっとだけなら、俺の性気とやらを、食ってもいいぜ」
「!」
「けどもう俺の触っちゃいけないトコの真ん中とか、絶対触んなよ?」
「もっもちろんだっ! もうしないともっ! 優しい九蔵、ありがとう……!」
「ぁあん……っ」
「むっ?」
そうして理解を示すと、九蔵の言葉を聞いたニューイの王子系イケメンスマイルが炸裂した。いかん。顔がイイ。
九蔵は反射的に謎の呻き声を上げて顔を塞ぎ数秒震える。テロだ。必死に呼吸を整えてから、なんとかムクリと起き上がる。
「お前は顔面照明器具か……!」
「む、むむ……?」
まんまと不意打ちをくらった九蔵は、顔を逸らして拳を握り震えながら赤くなった頬を擦った。
ノーマル顔に慣れてきたところなのに笑顔なんてもう悪意しか感じない。いつもいつも何ワット出ているのだ。
言葉の理由はよくわかっていないニューイだが、説明を受けたのでこういう九蔵の反応がメンクイによるものだ、と理解している。
大いなる進歩だろう。こちらのメンタル的にも助かる。ニューイは中身もいい男……じゃなくて、いい子犬だ。
(あぁもう……こんなに自分の顔に反応されてんのに、ほんとに全然気にしねーでいてくれんだもんなぁ……)
たまらない気分になった。
……別に、なんてことない。お箸も使えないスプーン男子に萌える自分は、やっぱりメンクイで、ニューイが眩しいから顔が真っ赤になって戻らないのだけ。
そうじゃないわけない。それしかありえない。イケメンならきっと誰にでもこうなる。他意なんかない。
ただ──少し、顔だけじゃない部分で、胸が高鳴ってしまっただけだ。
「自分のこういうとこ好かん……」
「うむむ……照明器具だね。九蔵は明るい照明が欲しいのかい? 顔型ではないが、屋敷の鬼火式おばけシャンデリアをもぎってこようか?」
「うん……それたぶんうちのアパートの周波数には合わねーから、気持ちだけ貰っとく……」
「そうか? それじゃあ他になにか欲しい物はあるかい? キミの欲しい物は私に可能な限りなんだって用意するぞ? そして痴情がもつれると危険なのでアルバイトをやめる気になってくれると嬉しい。無理強いはしないし九蔵のペースに合わせるが、私には九蔵を養う準備があるのだ」
「お前ホント全力で堕落させようとしてくるなぁもう仕事好きだから嫌だけども……!」
「ただの本心であるが……!?」
──こうして。多少ズレ気味の二人ではあったが、突然距離感にバグを発生させた行為の件は、丸く収まったのだった。
九蔵の心に、やましい種を残して。
第一話 了
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