序話 悪魔な彼のプロポーズ

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 ひとしきりホワホワと語り終えたニューイは再度バラの花束を手にし、いそいそと九蔵へ差し出した。 『九蔵、これを』 「あぁん?」 『百八本のバラの花束なのだよ。人間は、プロポーズの意味を込めるのだろう?』 「…………」  九蔵はじっと双子の暗闇に蛍が一匹ずつ浮かんだようなニューイの眼窩を見つめた。  ニューイは九蔵が受け取ると信じて疑わない、期待に満ちた様子である。  ──前世の恋人。素敵な魂。  バラの花束を差し出す王子様衣装の男だと考えれば、まぁ、やや笑ってしまいそうになる程度には悪くない所作ではあった。王子様タイプ。最も好きなタイプだ。良きにはからえ。  しかし、角あり頭蓋骨の悪魔は興味なし。  九蔵は両手で、大きなバツを作った。 「俺には前世の記憶なんてありません。なので、押し売りプロポーズはいりません」 『あぁ……っ!?』 「そして俺の恋愛対象は人間です。骨むき出しの悪魔とは結婚できません。以上」 『あぁあぁ……っ!!』  キッパリと断った途端、カランッ! と大きく軋む角あり頭蓋骨と、脳内に響く死にそうなバリトンボイス。  かわいそうだが、仕方ない。  前世の九蔵はニューイを愛していたのかもしれないが、今はこれっぽっちもニューイを愛していないのだ。  一応そういう設定には理解がある。  理解はあるが、九蔵はリアルと非リアルの区別はつけるタイプだった。  この状況は、物語のヒロインならドキッとするような展開だろう。  しかし自分の身に起きる現実だとすると、ニューイに対して情も打算も芽生えていないドライな現状で、胸キュンなんてするわけがない。  ありがち設定、前世きっかけ。  なるほど、現実的に考えると難しい。  真剣なニューイの気持ちを受けて真面目に考えてみても、暴走するニューイと九蔵で温度差がありすぎる。上手くいきっこない。  そもそも初対面の悪魔。人柄も知らなければ人でもないわけで、誰だって恋愛対象として見ようとは思わない。  となれば、この話は終わり。  潔のいい完結。  ショックを受けるニューイには申し訳ないけれど、望みがないのだからキッパリ断ることで未練も残させないように取り計らった。  わかりにくいが優しさだ。  悪魔がいく年も生きるというなら、九蔵の魂を忘れて、違うキレイな魂とでも結婚すればいいと思った。 (それに俺、現実で自分が恋愛することに期待してねーしなぁ……)  そういうことが向いていないと自負する九蔵は、ポリポリと頭を掻く。  しかしそんな九蔵に、ニューイは骸骨頭を震わせてズズィ! と詰め寄った。 『な、なぜ!? こんなにキミを愛しているのだよ! キミは屋烏の愛を抱いて焦がれた魂……やっと見つけた唯一無二のキミを諦めるなんて嫌だ!』 「んなこと言われても記憶ねぇんだから仕方ねーだろ? お帰りください」 『嫌なのだよ〜!』 「って言われてもな」 『すみっこにいる! 少しだけだぞ! 私をキミのそばに置いてくれっ』 「無理です。俺さんは自分が暮らしていくのでいっぱいいっぱいなので」 『即答……!? な、ならせめて説得したい! 私の本気をアピールする間、九蔵の暮らしを手伝うのだっ』 「結構です」 『わ、私を捨てないでおくれ〜っ!』  ダメダメと首を横に振る九蔵に、それでも諦めないと言い張るニューイが縋りつく。  涙目でキューンキューンと泣くニューイは、まるで捨てられた子犬だ。  いささか可哀想ではあるが……九蔵のガードの硬さは鉄壁なので、一時の同情には流されない。ノーと言えばノーである。  取りつく島もない九蔵が「お帰りください」と言うと、ニューイはなにやら策を弄して意気込んだ。 『ぐぬぬ……! まだだっ。魂を貰うまで帰るわけにはいかないっ。人間にはなれないが、私は限りなく人間に近くなってみせる……っ!』  不穏な気配がした。  嫌な予感に身構える九蔵だが、カチンッ! と指を鳴らすニューイが、真っ黒な霧に包み込まれて見えなくなる。  が、すぐに再度姿を表す。 「…………は?」  角あり骸骨悪魔のニューイ──ではなく、絶世の美男子の姿で、だが。
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