序話 悪魔な彼のプロポーズ

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「ギタ、イ、は得意だ……!」  耳に深いバリトンボイスはそのままに、脳内ではなく、鼓膜を震わせる。  けれどついさっきまで九蔵を威圧していた角や翼、尾や手足などの異形はどこにもない。  代わりにあの頭蓋骨に纏うのは、シミひとつない白磁の肌。  通った鼻梁と薄い唇が調和し、ややタレ目気味の赤い双眸はルビーのように輝く。清潔に整った柔らかな金髪は甘いマスクによく似合っていた。  衣装と相まって、その姿はまさに童話の中の王子様(・・・)そのものである。 「九蔵、どうだ、ろう……? 人間体の私なら、結婚相手……お嫁さんとして、置いてもらえるだろうか……?」  お行儀よく正座しながら頬を桃色に染め、視線で〝これでここにいてもいいかな?〟と語りつつ九蔵を見つめる、王子様。 「……はー……」  認識と同時に、九蔵は背筋を綺麗に正して、そっと天を仰いだ。  この悪魔──顔が、良すぎる。  ──個々残 九蔵、二十四歳。  平均より高い身長に骨ばった体だが、体格に似合わず薄っぺらい残念な男だ。ちなみに男好き寄りのバイ。  慢性的な寝不足気味で目の下のクマが取れず陰気な印象がある。実際はそうでもない。元気はつらつでもない。  順応体質で動じない。  なんでも器用にこなすくせに、人付き合いだけはお手上げドヘタ。なにかと不運でタイミングが悪い。  そして趣味は女性向け恋愛シュミレーションゲーム。いわゆる乙女ゲーム。  新作は片っ端から攻略。顔が良ければジャンル問わずゲームをこなす。マンガにアニメになんでもござれ。推し俳優のドラマや映画は欠かさず録画だ。  イケメンと聞けば動きが止まり、イケメンと見れば視線が止まり、イケメンが現れれば秒で焦点をズラし距離をとり絶対に認知されない死角からガン見する本能。  初恋はもちろんシンデレラの絵本にでてきた王子様である。  それほど年季の入ったイケメン好き。  そう──九蔵は顔のいい男にハンパなく弱い、筋金入りのメンクイなのだ。 「ど、どうした? 擬態、失敗か?」 「ンだコレ、なんつーリアル二次元……? マジ無理……いやマジ無理……はぁ~尊い。よきがすぎてる。擬態プロフェッショナル!」 「今までで一番テンションが高い!?」 「てか直視しちまったじゃねぇかありえん目が溶ける。イケメンと会話する時は焦点ズラして薄目じゃねぇと挙動不審になっちまうのに直視とかちょっと再起動タイム」 「というかイケメンとは誰だ!? 私はイケメンという名ではなくニューイだぞ! ツノ骸骨のニューイだ!」  イケメンを人名だと勘違いし、オロオロと慌てるニューイ。  しかし百人中百人がイケメンと即答する人間バージョンのニューイに不意打ちでワンヒットキルされた九蔵は、顔をあげられない。  王子様を思わせる正統派イケメン。  顔や姿だけならドストライクすぎた。普段は隠しているのに、ついテンションが直角に上がってしまったほどだ。 (お、落ち着け、俺……落ち着け……好みの男をノーガードのまま間近で直視したからって、取り乱しすぎだろっ……) 「ひっひっふー……」 「! 九蔵!」  しばし震えたあと、九蔵は呼吸法をミスした深呼吸をしつつ、スッと素知らぬ顔で顔を上げた。  ニューイがパァ! と喜ぶ。  大丈夫だ。目の焦点を右肩、左肩、鳩尾の三点をループさせて顔を見なければいい。ニヤケかけた口元は隠そう。ああ顔がいい。  そもそも中身は人様の家のドアを吹き飛ばす常識のない悪魔なのだ。王子様感の欠片もないだろう。しかし顔がいい。  かっこいいとは言えず、やや天然。よく見ても犬。それもアホ気味な犬じゃないか。恐れることなどない。九蔵は正気を取り戻す。  ──が、ダメだ。顔がいい。 「あ~……俺、無理ぃ……」  九蔵のココロは、手遅れだった。もう欲望に忠実になろう。  ああ、そうだ。惜しくなった。  このイケメン悪魔がおねだりする同居を蹴って追い出し二度と拝めなくなるのが、惜しくなったのだ。
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