第二話 気になるモテ期

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 しかし──神は九蔵を見捨てなかった。  先に出口へ向かっていたプリンスの尻ポケットから、コロンと折りたたみの財布が転げ、後ろにいた九蔵の足元へ落ちたのである。 「! あ、あの……!」 「え?」  自己嫌悪している場合ではない。  すぐに拾い上げ、慌ててプリンスの後を追い、なにも考えずに声をかけた。  プリンスはすぐに振り向き、不思議そうに首を傾げる。 「財布落としましたよ」 「本当に? ありがとう!」 「うぁっ」  胸の内でドギマギとしながらも平静を装って財布を差し出すと、プリンスは花がほころぶような笑顔を見せ、九蔵の手ごと財布を握った。  そして嬉しそうに九蔵の手をほどき、財布を受け取る。 (びっ、びっくりした……っ)  握手を兼ねていたらしい。頬が熱くて、意味もなく触れられた手で擦る。 「ちょっと悲しいことがあってね。落としたことに気がつかなかった。君が拾ってくれて助かったよ」 「あー……それって、セカハゲの特装版ですか?」 「ん! そうっ! オマケの小冊子限定ストーリーが読みたくてね……! だけどハマったのは最近で、最新刊の予約に間に合わなかったものだから……手に入れ損ねてしまったな。残念だ」  プリンスは声を弾ませて語ったあと、少し目を伏せて残念そうに笑った。 (……あ、今なら……) 「えぇと……もしかしたら、小さい書店ならまだ残ってるかもしれませんよ。よかったら俺の知っている店を教えましょうか?」 「えっ? そうなのか? それはすごくありがたい。是非知りたいな……!」  ──数分前は勇気が足りなくて言えなかったことを、言おう。  そう決意してなんでもないふうを装った言葉を、今度は自然に伝えることができた。  顔を直視しないように避けつつも口にしてみると、プリンスは身を乗り出して頷く。  九蔵は少し恥ずかしい気分になりつつも、バックパックからメモ帳を取り出し、地図を描いた。 「胡桃町なんですぐなんですけど、俺はバイトがあるんで、地図書きます」 「助かるよ、ありがとう」 「くっ、い、いえ……ああ、ここから向こうにまっすぐ行って、二つ目の交差点、コンビニがあるところを左折。そこを花屋さんがあるところまで直進すると、花屋さんの隣に〝青菜書店〟という書店があります」 「うん、この地図はとてもわかりやすいな。俺でも迷わずに行けそうだ」  プリンスは地図を受け取り、再度笑顔で「本当にありがとう」とお礼を言った。  そう言われるとホッコリと胸が晴れる。  どうせ、でも、だって。  そうは言ってみても、悪い予想だってどうせ(・・・)当たらない。  笑顔で片手を上げて去っていくプリンスに、九蔵は拙く手をあげて応え、うまい屋へ向かう。 「うしっ。帰ったらニューイに話す話題ができたな」  気持ちスキップ、浮かれボーイ九蔵。  出勤する足取りが、なんだか軽い九蔵であった。
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