第二話 気になるモテ期

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(──……また、この世界)  おぼろげな世界を自分ではない透明な誰かの視点で眺め、九蔵は流れるがままの時間を受け入れる。  ここは夢の中だ。  ニューイと出会ってから、九蔵はたびたびニューイとイチルの夢を見る。  見るたびに場面は変わるが、ニューイはいつもイチルとの時間を楽しんでいるのだ。なにも言わずとも大切に愛しているとよくわかる。  そうして居場所のない夢で見るニューイたちの暮らしは、まさにゲームの中の世界のようだった。 『さあイチル。赤すぎた夕焼けを飼っている部屋へ、彼を見に行こう』  ある夢では、こうだった。  ニューイはイチルを腕に乗せ、中身のない骨骨しい体で長い尾をくねらせながら、塔のように高い室内を飛ぶ。  ニューイが空を飛ぶ悪魔なので、豪華絢爛な洋風の屋敷には階段がほとんどない。  人間のイチルは移動できない。  多くはニューイが抱きかかえて、バサバサと翼をはためかせる。  当然やたら天井が高く、先のない出入口があちこちにあった。  家電なんてもちろんない。  家具もほとんどないのだが、ニューイは宙に浮いているためさほど困らない。 『ふむ。イチル、食事にしよう。ん? テーブルセットが宙ぶらりんだって? ふふ。テーブルやベンチの足がどこかについていなければならないという法律は、悪魔の世界にないのだよ』  またある夢では、こうだ。  おかしそうに笑うニューイが指をカチンと鳴らせば、たいていなにもない場所にテーブルセットや食事が現れた。  見ているだけなので原理はわからない。これが一番気になるところかもしれない。 『イチル、ほら。アンディーに挨拶してごらん』  テンプレ通り。  飾られた石膏像はよく動く。 『イチル! 見てくれ! この絵画〝スヴァン通りの老紳士〟の老紳士は、どうもカツラだったらしい……珍しいものが見れたぞ! 今日の絵画が風の強い日でよかったね』  壁にかかる絵画は動かないが、色や季節、影や時間を変える。  風が強ければ、表情が変わらない絵の中のキャラクターだって秘密を暴かれてしまうらしい。 『おっと……イチル、時計が鳴いているようだ。今夜の読み聞かせはこのくらいにして、私と共におやすみをしよう』  時計は、鳥の鳴き声。  言葉を話す鳥の首が、そのまま壁から生えている。ドアベルだって、生えている。色違いの見たことがない鳥だ。  他にも様々な不思議な現象がある、ファンタジックな悪魔の屋敷。  イチルは人間なので、九蔵が驚く光景には驚いてくれたりもした。  しかしイチルが初めて見る場面でなければ説明を受けられないので、九蔵は損をしている気分だ。  同じく驚いているというのに。  ニューイは九蔵のためには、説明をしてくれやしない。  けれど、摩訶不思議な世界を夢を通して前世のやりとりを見るたび、九蔵は一つ、感じることがあった。  あの時、ニューイが叫んだセリフ。  ──知らないことだらけの世界で置いていかれてキミに見てももらえないのは、寂しい!  思えば、ストンと理解できる。  悪魔の世界は、ニューイの屋敷だけでも、こんなにも人間の常識に当てはまらない仕組みと物で溢れている。  こんな世界を生きる悪魔にとっては、九蔵たち人間の世界こそ、きっと本当に意味がわからない世界なのだろう。  自分なら、そんな世界で暮らすなんて絶対にゴメンだった。考えただけで顔をしかめたくなる。  けれどニューイは、帰らないのだ。 (俺……いや、俺の魂(・・・)が、諦めらんないから……か……)  ズクン、と胸が痛む。  ──イチルの魂に向ける恋情を、自分に向けさせたい。  ──同じようで違うのだから、自分に恋をしてほしい。  そんな欲望が渦を巻く。  夢の中で、ニューイは穏やかに微笑み、こちらに覆い被さる。  その唇が、額にチュ、と触れた。 『さぁ、安心しておやすみ。私は悪魔で、ここは悪魔の世界だけれど……明日も明後日もキミの魂が続く限り、私はキミが愛しいよ』  まさか、自分の魂に嫉妬するなんて。  ──〝独占したい〟が恋なら……〝独占されたい〟は、なんなんだろうな。  ゆるやかな眠りを揺蕩いながら、九蔵はニューイに独り占めされたがる自分の思考を恥じて、深いため息を吐いた。
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