第二話 気になるモテ期

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 一応イラストの近くに文字らしきものが書いてあるが、何度か洗濯したことと小さすぎて解読不能に近かった。  悪魔であるニューイはイチルがどの国の人間に生まれ変わるかわからなかったので、人間界のあらゆる言語を学んでいる。  しかし結局は母国語ではない。  小さすぎると予想したり理解するのが難しかった。もはや暗号だ。 「…………チッ」  あまりの酷さに鋭い舌打ちをするニューイの手が、プルプルと震えはじめた。  こちとら愛しの旦那さん(非公認)に叱られるかどうかがかかっているというのに、舐めているのかと思う。 「こんな……こんな衣服風情が……私を惑わせようなどと……っ」  噛み締めた歯を剥き出しにガルルッ、と唸り声を上げるニューイの頭から、ツノがニュッと生えた。  感情で擬態が変化するニューイなので、もちろん不条理な怒りを覚えればそれらしい容姿に変化する。  九蔵にはふにゃふにゃワンコに見えるニューイとて、ただの悪魔なのだ。  本性は多少、残酷な部分もあるのが道理というもの。  ルビー色の瞳が正気を失いそうに揺らぎ、手に持った九蔵のカットソーをギロ……ッ! と睨みつけた。 「お望みならば細切れにして──っあぁん九蔵の匂いである〜っ。キミがいなくて私はやはり寂しいぞ〜っ」  そしてデレッデレの甘々な言葉と共に、バフッ! と顔を押しつける。  言い訳をさせていただけるなら、ニューイには怒りで引き裂きそうになったカットソーが「やっちゃえニュッさん」と、誘って来たように感じたのだ。  所有欲の権化のような生き物である悪魔が、愛する人の着ていた服の誘惑に逆らえるだろうか?  答えは──否! 「あぁ、九蔵〜……お留守番は悲しいのだ……ここが悪魔の世界なら、九蔵を抱っこして空を飛び、アルバイトへ送り届けるのだよ……あぁ憎い……九蔵に歩いてもらえる通勤路が憎い……っ!」  本音を言うと、片時も離れたくない。  魂の残り香を味わい尽くすため、ニューイはくぅんくぅんと甘ったれた鳴き声をあげて変態行為に勤しむ。  一応弁明しておくが、ニューイは性的な欲求や下心で匂いを嗅いでいるわけではなかった。  九蔵から求められない限り度が過ぎた要求や行為を行ってはいけない、というルールを自分に課しているので、毎日抱きしめたい欲望を耐えている。  それが洗濯中に暴走するわけだ。  要するに、超のつく構いたがりの甘えん坊タイムである。 「むふふ……イチルの魂の匂いがするのだよ~……だけどその他に、九蔵の身体の匂いもするぞ〜……」  いったいどちらを恋しがって暴走しているのか、ニューイ本人には理解できていなかった。  それ以上に、ビッタンビッタンと飛び出た尻尾がうねりながら振られ、狭い洗面所のあちこちをドンガラガッシャンと破壊していることにも、気がついていない。  九蔵は知らないが……毎日毎日、洗濯をするたびにこういった経緯で洗面所は廃墟と化している。  ついでに衣服も嗅がれている。  嗅がれた勢いで引き裂かれている。
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