第二話 気になるモテ期

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  ◇ ◇ ◇  塀の上から屋根の上。  人間が歩いていないなにかしらの上を運がいいとウキウキ歩くニューイは、迷子になることなくうまい屋にたどり着いた。  道中は当然あらゆる視線を浴びたわけだが、幸い通報されることも、撮影されることもなかった。  実のところ、悪魔は本人の許可がなければ撮影できないのである。  生まれ持った悪魔能力は、姿が判別できる記録を弾く。姿が広まると餌となる欲望や魂を得にくいので、必然の防御反応だ。  しかし、悪魔には契約という文化もあった。  人間と契約することでお互いにウィンウィンな利を得るあくどい関係のことである。  契約者にのみ姿を現す必要もある。  故に、言葉というきっかけで像を結ぶことも可能なわけだ。  おかげさまで〝猫の散歩道を歩く謎の王子系イケメン現る!〟とSNSをバズらせることもなく、九蔵の胃も痛まない。  ニューイにとっては当然のこと。  伊達に長い時を悪魔として生きていない。ふふーりと胸を張る。  九蔵も澄央も自ら事前に許可を取っていたため、しばらくは明かされないトリックだろう。  閑話休題。  さて、九蔵はどこにいるのかな。  浮かれるニューイが窓から中を覗いてみると、まだ朝の十時になったばかりにも関わらず、うまい屋は盛況だ。 「むぅ……これでは入れないのである……しかし台所の壁を壊して会いに行くと、叱られる気がするのだ……」  店の中に入ると迷惑になるが、どうにかして九蔵に会いたい。  ニューイは一見すると不審者でしかない挙動で、こそこそとちょうどいい入り口を探した。  輝かしい色彩とヨーロッパ系の甘いマスク。微笑みを浮かべて女性の手を取れば、秒でロマンスを始められるポテンシャル。  ニューイは九蔵のひいき目を抜いても、かなりのイケメンだ。 「ふふーりふふり。九蔵、私が来たぞ。一人で外出できたのであるぞ。ぎゅっとしてもいいかな? 抱擁のどさくさで腰の中に指を入れたりしない。ちょこっと器をくすぐったりしない。私は実に我慢強い悪魔なのだから」  ニョロリと伸びた尻尾に気づかずしなやかに振り、うまい屋の壁を這う姿でなければ、だが。  逞しい長身のイケメン悪魔は、今日も今日とて残念だった。  そんなニューイが裏口を目指して絶賛不審者行動をしていた時だ。 「──んじゃ。お疲れ様、ス」  ガチャ、と関係者用の出入り口が開き、中から天啓がやってきた。  目視と同時に、自然と目が輝く。 「真木茄 澄央」  天啓──澄央はニューイの呼びかけに気がつき振り向くと、表情を変えないままサッと片手を上げた。  ニューイは満面の笑みを浮かべて、同じく片手を上げながら近づく。  そしてその手をお互いが言葉もなくバチィン! と打ち合わせた。  盟友との挨拶に言葉はいらない。  澄央とニューイは〝九蔵を愛でる会〟で繋がっているのである。 「ニューイ。なんでこんなとこにいるんスか。勝手に脱走したら保健所に連れてかれるスよ」  いつも通りのテンションでそう言う澄央は、深夜から朝十時までの高時給な夜勤が終わり、今から帰るところだったらしい。  保健所という場所を知らないニューイは九蔵の犬と認識されていることに気づかず、呑気におお! と拍子を打った。
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