第二話 気になるモテ期

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「…………」  九蔵は静かに桜庭を見つめる。  ピク、と口角が引き攣っていた。 「…………」  対して流石のイケメン。桜庭は顔色すら変わらず余裕の微笑みである。  しかしその微笑みが一切崩れない。驚愕のあまり貼りついたようだ。気持ちはわかる。現実的な問題で、だ。 「ドリンクとデザートはやるしかない。九蔵、シェアしよう」 「あぁ。残りは持ち帰りに包んでもらうか。呼び鈴を押したから、すぐに来てくれる。劣化しちゃ失礼だろ」 「そうだな。この辺りで冷蔵機能があるロッカーの場所を調べておくよ」 「助かる。保冷保温機能付きのエコバックは持ち歩いてるぜ」 「素晴らしい。それでいこう」  ──言いたいことは多々あるが、プレゼントにしては迷惑過ぎる量の料理に罪はない……!  人間関係以外は器用な男、九蔵と、何事もそつなく熟す特盛王子、桜庭。  二人は哀れなカフェご飯たちを無駄にしないため、一人前のランチを平らげた胃の中にミルク系ドリンクとデザートを詰め込んだ。  ──そんな九蔵たちを、通りを挟んでカフェの正面にあたる花壇の影から覗く者が二人。  大量のミルク料理を届けたあと、バレる前にコソコソと移動した犯人である。 「九蔵の好きな食べ物はミルク系。メモをしたぞ。九蔵は食事をコストパフォーマンスと手軽さで決めるので、気がつかなかったのだよ。あれだけの料理をプレゼントすれば、きっと喜ぶに違いない。屋敷の資産をこっそり人間の金に換えておいてよかったのである」  一人は、借り物であるレイベンのサングラスをかけ、手ぬぐいでほっかむりをして溢れるオーラを抑えるツノ悪魔の男──ニューイだ。パン柄のほっかむりは、本人的になかなか気に入っている。 「ココさんは聞かねーと話の流れ以外じゃ、自分のことは一切話さないス。ちな、ピーマンが嫌いス」  もう一人は、ネタで買ったままカバンの底に眠っていたハート型のパリピサングラスをかける大学生の男──真木茄 澄央だ。  パリピサングラスを気に入ってはいないが、この状況が面白いので真顔のまま楽しんでいる。 「私は嫌いな食べ物がなく、出されたものはなんでも美味しいと言って食べる。好物はたまごだ」 「俺は出されたものは食べるスけど、ナスは嫌いス。好物は炭水化物ス」  ほぼ身長百九十センチ男子コンビは、向き合いながら頷いた。  雑談を装う彼らの視線は、ついさっきまで自分たちがいたカフェへ一直線に向かう。視線の先にはみんな大好き九蔵さんと、パーフェクト故に小憎いイケメン、桜庭がいる。 「お、奇跡が起きたスね」  ミルク料理攻撃がナイスなタイミングでイベントを阻止した様子に、澄央はグッ! と拳を握った。 「あぁ九蔵……銀髪なんて悪魔の世界ではゴロゴロいるというのに、なぜ秘密の逢引を……」 「ニューイ、ニューイ。元気を出すんス。ココさんなら食べきれない料理を持ち帰るのは当然ス。二人のベッドインをどうにか自然に回避させられれば、今夜はニューイがココさんとあの料理を楽しめるス」 「て、天才か……!」 「フハハ。ココさんのお裾分けが俺に与えられることも必然スよ」 「おおお、悪魔的である……っ!」  至極真剣に澄央を崇めるポンコツ悪魔ニューイと、夜勤明けテンションでノリノリになる強面変人男子澄央。  ツッコミ役の九蔵がいないまま、通行人の視線を集めながら二人は奇妙なストーカーを続けるのであった。
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