第二話 気になるモテ期

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 それからオタクに優しい書店を巡り、二人は夕暮れまで楽しい時間を過ごした。  この一日で、九蔵は桜庭に感心しっぱなしだった。  目からウロコがポロポロである。  話がうまい桜庭との会話はストレスがない。所作に余裕があるというのも当然だが、もっと根本的なところが一番のリスペクトポイントだ。  用事が終わったのだから解散だと思っていた九蔵と違い、自然に「次はどこへ行こうか」と尋ねたこと。  どこかへ遊びに行くことが滅多にない九蔵には、そもそも遊びに出かける場所が思いつかない。行きたいところは特にない。  言葉に困る。  意味がないのなら解散するしかないが、それを言うのは野暮だとわかるくらいには空気が読める。  すると桜庭は「俺、漫画が見たいかも。一緒に見てくれるか?」と自分の理由でもって提案した。  九蔵にとって、漫画を買うのは一人でできることだ。わざわざ人を付き合わせることではない。  でも……よく考えると、一人でなければ行ってはいけないわけでもなかったわけで。  そういうしがらみを一切考えずナチュラルに時間の共有を続けられる桜庭を、九蔵はイケメンへの胸キュンや同志への仲間意識を超えて、人として尊敬した。  ポンコツ悪魔のニューイとポンコツコミュ力の九蔵は、喧嘩をして怒鳴って、日々お説教と言い訳で戦う。  それが桜庭なら、きっと、戦うことすらないのだろう。 「九蔵」 「ん?」  そんなことをふと考えていると、休憩で立ち寄った公園のベンチにて、件の桜庭に呼ばれて顔を向ける。  当然のように焦点は合っていないのはもう言うまでもない。九蔵の基本だ。桜庭によって目からウロコな一日を経ても、九蔵の根っこは九蔵である。 「もう暗くなりそうだけど、このあとどうする?」 「そうだな。帰るか」 「…………」  そう。桜庭の笑顔が凍りついても、未来永劫、個々残さんちの九蔵くん。  あれだけ感銘を受けていたがそれはそれで、これはこれ。それ故に友達がほぼおらず、嫌われないが特別好かれないぼっち街道を歩んでいるわけだ。  しかし桜庭は諦めなかった。  今日一日照れはしているもののパーソナリティスペースを守られまくっていて全く手応えのなかった九蔵に、一撃は入れるべく奮闘する。 「疲れてるなら帰るのもいいが、俺、パーキングに車停めてるんだ。せっかくだから夕飯を一緒にどう?」 「あー……疲れてはねーけど、悪い。謎のミルク系料理の処理をしねーとだし、外食ばっかする金もあんまねーんだ。フリーターだからさ」 「お礼だって言っただろう? お金の心配はしなくていい。食事が気乗りしないなら野菜山の夜景を見に行きたいな」 「いや、奢られる回数が多くなるにつれて俺の胃がもげる」 「もがないでくれ」 「あと料理は友達におすそ分けしに行こうと思ってるから、時間遅くなると相手に悪いだろ?」 「それはそうかもしれないが、夜景は夜じゃないと楽しめないんだぞ?」 「っても俺楽しさがわかんねぇしな……ドラマとか見てて思うけど、綺麗だな、って思って……終わるだろ。その一瞬のために運転させるのも申し訳ないです」 「うん、それはな? 夜じゃないと楽しめないからその一瞬をだしに長く一緒にいたいっていう、健気な男心(したごころ)だぞ?」 「え。……はー……推しで考えると全然夜景で飯食えますね……」 「…………」  ボソ、とほんの微かに囁いた本音を耳ざとく聞き取ってしまった桜庭は、手強すぎる九蔵にノックアウトだった。
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