第二話 気になるモテ期

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「全部好き。本気でそうだとしても、相手に伝えるなら伝わる言葉で言わねーと。だってたいていの若人は自分の全部が好きじゃねーんだからよ」 「と、というか、理由をつけないと恋を信じてくれないなんて、酷くないかっ? 俺が女の子なら泣いてると思うよっ?」 「バカヤロウめ。こっちはリアルの恋愛してんだよ。一時のテンションで好かれてはいそうですかで本気で向き合ってたらな、一時のテンションでフラれた時のメンタルが粉々なんだよ。アンタのテンションでこっちが一蓮托生なんだぞ! 恋愛舐めんな!」 「本当に君は夢も希望もないのにぐうの音も出ない意見を容赦なく言うね!?」  ニギャーッ! と牙を向いて威嚇する野良猫のような九蔵の熱弁に、桜庭は両手で顔を覆ってキュッと小さくなった。 「ふっふっふ。九蔵のガードが崩せるわけないのである。目に見えないものは自分が感じたことしか信じないのだぞ? 私のプロポーズも食い気味に却下したほどだ。ふっふっふ」 「ワァオ。新世界の神級のゲス顔。難攻不落のココさんスから。骸骨が突然ドストライクイケメンになって直視不可避だったくらいじゃねーと……しかもニューイと暮らして、イケメン回避術レベル上がってるんスよね。そゆとこ強いス。パネェス。一生ズッ友ス」  五メートルばかり離れた草陰でほくそ笑む男二人は、ガッツポーズだ。  この二人には恥も外聞もない。  正当な理由すらない。  前世級のストーカーなニューイも、ドがつく変わり者故に受け入れ体質な九蔵に懐いた澄央も、いいぞもっとやれ、である。  外野から敗北を期待されていることを知らない桜庭は、まさかロマンス展開ではなく会議バリに説明を求められるとは思わず、完全に意気消沈した。  ズキ、と胸が痛む。  罪悪感という攻撃である。  九蔵は、桜庭を傷つけたいだとか、突っぱねようだとか、弄れた悪気はなかった。  ただただ真剣に桜庭の好意に向き合っているからこそ、一時の気の迷いにしか見えない告白を紐解きたい。  不器用ながら、優しさでもある。  それに心の雑念を全てひん剥き内側を取り出すと、〝流されて受け入れた先の傷が怖い〟という気持ちがやはり鎮座している。  絆されてニューイを傷つけた。  その記憶は、九蔵を前より少しだけ、相手を厳しく突っぱねられる男に変えたのだ。  ──まあ、それだけが理由でもないのだが。  脳裏によぎるポンコツ悪魔のご尊顔をパタパタと手を振って消し、九蔵はわざとらしく咳払いをする。 「そういうわけで、アンタの気持ちを真剣に受け止めたけど、俺は頷けない。ごめんなさい」 「頭まで下げられるとは……」  ペコリとお辞儀をする九蔵に、桜庭は溜息を吐いた。  顔を上げるように言われる。  眉間にシワを寄せて苦悶する桜庭のおでこあたりを見つめていると、ややあって、桜庭がズズイとまた距離を縮めた。 「九蔵」 「……はい」  いや、近い。いちいち近い。  頬が熱くなり、気持ちのけ反る。もちろん恋という意味ではなく、シンプルなメンクイ反応だ。  そんな九蔵に涼しい表情で相対し、小首を傾げる桜庭。  どこかでガサッ、と草葉が揺れた。  気のせいだ。
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