第二話 気になるモテ期

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「俺はアンタがいい男であればあるほど、俺を好きだってのはやっぱり一時の気の迷いにしか見えねーよ」 「…………」 「アンタはゲイじゃなくて、二日しか一緒にいなくて、特別イケメンでもない俺で、それでそんだけ尽くして俺の全てが好きとか、全然意味わかんねーんだ」 「……俺の恋心が理解できないなんて、なかなか残酷なお断りだな?」 「俺は自分を守るので精いっぱいなんでね。根拠がないと、開けない。根拠ってのは、俺にとって信頼」  つまり、九蔵は桜庭を信頼していない。  冷たい言い分を伝える九蔵は、今ばかりは桜庭から目を逸らさなかった。  多少変な顔になりそうにはなったが、全力でシリアスシーンだと脳に言い聞かせている。まつ毛が長い。美しい。長く持ちそうにないので、早く終わってほしかった。 「どうしても?」 「どうしても」  ファイナルアンサー。  しばし沈黙が降りる。  夕暮れ時の公園は子どもたちもうちへ帰り人気がない。通りすがりの車の排気音やカラスの鳴き声が、二人の間の静寂をなぞる。 「ふぅ……仕方ないか」 「……っ」  ややあって、桜庭は深く息を吐き──パチン、と指を鳴らした。  その瞬間、九蔵の身体は岩のように固定され、ピクリとも動かなくなる。 (な、……っえ?)  意思と筋肉が連動しない。  意味がわからず、九蔵は困惑する。  けれど混乱しているうちに桜庭の白い手が九蔵の頬を柔らかくなで、直視を避けてきた美しいかんばせが、鼻先が触れ合う距離まで近づいた。  ──まさか、キスされる、のか……っ?  そう思った途端。 「ボクを好きになれよ、個々残 九」 「悪い子だ」 「んぎゃっ!」 「!?」  よく知る声と共に、九蔵の視界から、桜庭がスムーズに真上へ消えて行った。 「……っは! って、な、なん……!?」  桜庭が消えると同時に、九蔵の体は動くようになる。しかし突然消えた桜庭に混乱する九蔵の理解は、追いつかない。  そんな九蔵に、桜庭の首根っこを引っ掴んで持ち上げた犯人──ニューイが、レイベンのサングラスとパン柄のほっかむりを外し、困り眉で微笑みかけた。 「ニューイ! なんでこんなとこにいるん」 「九蔵、少し目と耳を閉じていてほしいのだ」 「はい」  出会いから数か月。  ニューイが初めて力関係で九蔵に勝った瞬間である。それも仕方がないだろう。  なぜならニューイは桜庭を片手で持ち上げブラブラとさせたまま、九蔵にはとろけるような甘いマスクで申し訳なさそうに笑いかけていた。行動と表情のギャップがホラーだ。  九蔵の膝に、ポンポンとサングラスとほっかむりが置かれる気配を感じる。  その手つきはいつも通り優しい。  が、理解はできない。なぜそんなものを持っていたのかというツッコミは、あとで入れるとしよう。 「さて。悪魔は私の知る限り、最も自分の目をつけた魂にちょっかいを出されることが我慢ならない生物なのだが……試してみるかい?」  ──それから十分ほど。  九蔵は微動だにせず目と耳を塞いだまま待ち、こっそり近づいてきた澄央はその隣で九蔵と同じポーズのまま待機した。  詳細は省くが、ニューイは間違いなく悪魔だったとだけ言っておこう。
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