第二話 気になるモテ期

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「く、九蔵、体調不良なのかい……?」 「……なんでもねー……ですー……」 「ならいいのだが、どうして起き上がらず、少しずつ丸まっていくのだ?」 「……いえ、別に……はい……」 「九蔵がまるでダンゴムシのように……」 「……うん……」  じょじょに膝を顔に寄せて丸くなっていく九蔵を、ション……と眉を下げて見つめるニューイ。  かわいい。声と気配だけで好きだ。  かわいい。恋とはすごい。  かわいいでしかない。あぁかわいい。 (はぁもう嫌だ……自分が気持ちわりぃ……なのにアホみてぇに好きですよ……好きなんですよー……めちゃくちゃ好きなんですよ〜……) 「……九蔵ムシになっているのだ……」 「……なってますね……」  まともな返事もできなかった今の九蔵に、ツッコミなんてできるはずがないのである。  好きを自覚して呑み込んだだけでまさかこんなに囚われるなんて、自分でも思わなかった。  もともとオタクなので好意の温度は高いが、性格的には表に出すのが下手くそなのでなんとか叫び出さずに済んでいるのだ。  そんな九蔵のすぐそばで、ポスン、と控えめに影が降りる。 「……なにしてるんですか……」  九蔵は顔を覆う手を退けずに、おそらく九蔵のそばで横になったのだろうニューイへ尋ねた。今の九蔵はデリケートだ。 「いや。九蔵が感じるものを共有できていないと思うと、なんだか寂しいというか、つまらないというか、そんな気分になってしまい……」 「…………」 「九蔵ムシの気持ちになるため、丸くなっているのである」  ポクポクポクチーン。  至極真剣な声で真似っ子をしていると言われた九蔵は、まぶたの裏に、しばしコスモを見た。  そして数拍の沈黙と共にコスモを理解すると、これ以上は溶け落ちそうなほど熱くなっていた頬がピークを迎える。 「はぁ……もういい。もうわかった」 「ん?」  なにも言わずに抱いてくれ。  丸でも四角でも三角でもなんでもいいです。めちゃくちゃに抱いてください。  大真面目にそう考えた九蔵は、口には出さずに心の中で唱えた。  桜庭にはガチガチに閉ざされていた心の扉がニューイ相手だといとも容易くフルオープンである。むしろ専用のドアマンが恭しく頭を下げてすらいる。末期だ。あぁ末期だ。 「九蔵」 「……なんですか……」  そうして九蔵ムシになったまま動かない九蔵の足を、ふと、ニョロリと伸びたニューイのしっぽがつついた。  丸くなったまま声だけで応えると、ニューイはもごもごと話し始める。 「その……私がスマートフォンをオネダリしたことを、覚えていてくれて、……ありがとう、なのだ」  それはひたすら素直なニューイにしては、やや口ごもった感謝だった。照れているのだろうか。  顔を見せられないし見られないので表情は不明だが、喜んでもらえたなら九蔵も嬉しい。  ちなみにらくらくフォンだったりする。  見守り安心サービス付きでもある。  気に入ったなら良かったと伝えると、ニューイはやはり口ごもり、ややあって吐息のように笑った。 「いつまで経っても役に立たない私なのに、九蔵は私に、贈り物ばかり……ふふ」 「……? まぁ、それは別に……好きでやってることだからな」 「わかっている。それが嬉しいのだ。尊いと感じる。九蔵が私に贈るものは、なぜだろう。不器用なのだが、酷く柔らかい」 「……うーん……」  お互いの顔も見ない会話。  未だにニューイと対面する気にはなれないが、意外にも穏やかで、悪い気はしなかった。ニューイの言い分が興味深かったからかもしれない。  またしても九蔵とは違う考え方で、貰える理由のわからないありがとう。  ニューイは頼んだが無理強いしたわけじゃない。九蔵がよかれと判断し買い贈った。  しかも正直、下心だ。必要がなくても連絡を取り合いたかった。おままごとがしたい大人の下世話な贈り物である。 「不思議だ……初めて(・・・)貰うものばかりだよ。言葉にするのが難しいのである」 「ふ。んー……なんもあげてねーけどな」  むしろ貰ってばかり。  いろいろと。  自分のためにニューイを喜ばせたかった事実を隠してそう答えると、ニョロリニョロリとニューイのしっぽの動きを感じた。機嫌がいいらしい。
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