第二話 気になるモテ期

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「九蔵は優しいね。ずっとずっと……キミは私に優しいよ」  キミとは、どちらのことなのやら。  相変わらず、妬けてしまう。 「今日、九蔵が悪魔な私を少し知ってしまったかもしれないと思うと、とても落ち着かなかったのだよ」  苦笑い気味にそう言われた。  怖がられやしないかと思ったのだろう。 「ま、悪魔とかもともと、ちとおっかねーよ……でも全然、お前だからいい……かな」 「むっ……困ったぞ……九蔵があんまりかわいいことを言うので、このまましっぽを絡みつけたくてたまらない……むむむ……」 「それされっと俺が困るってか、あー……じゃあ、電気消して」 「うむ」  伸縮自在の長いしっぽを伸ばして、ニューイは電灯のヒモをカチカチッ、と引っ張った。明るかった室内が、夜に染まる。  ほとんど一色の世界になったので、九蔵ムシ化した男たちはモゾモゾとベッドを這い、狭いベッドへ横になった。  ニューイは自然な動作で九蔵を腕の中に閉じ込め、添える程度に抱き寄せる。 「おやすみなのだよ、九蔵」  甘いおやすみ。強くはない抱擁。  昨日までは控えめな力加減に気遣いを感じ、夜毎胸が高鳴ったが……想いを認めた今夜は、少し物足りない。 「…………ニューイ」 「っ……ん?」  九蔵はコツン、とニューイの胸に自分から額をあてがい、めいっぱいの勇気で持って距離を詰めた。  恥ずかしい。キスの一つでも、いいや、抱きしめ返すくらいはかましてやればいいものを、頭突きと大差ないことしか自分にはできないらしい。 「なんだい?」 「ん、や……別に」  大の大人の男のくせに、まともに恋もしたことがないツケが回ってくる。  お前らしくもないと、笑われたらどうしよう。そもそも恥ずかしくて死にそうだ。それに、本当は嫌がられていたら自害する。  ニューイはそんなことするはずない。だから好きになったのに、恋は人を勝手に乙女にしては、勝手に稀代の臆病者にもする。 (心臓……いってぇ……) 「……九蔵」  ドッドッ、とうるさく鼓動する胸がパンクしそうな九蔵を、ニューイの穏やかな声が呼んだ。 「私は目を閉じるから、九蔵は少し顔を上げてもらえるかい?」 「え……あぁ……っと、こう、か?」  ニューイと目が合うと照れる九蔵に配慮した要望。  意味はわからないが素直に顔を上げると、その瞬間にニューイの顔がぐっと近づけられ、九蔵の額にチュ、と唇が落とされた。 「っへ……」 「これはな、悪魔がかける本物の、いい夢が見られるおまじないなのだ」  驚く間もなくそんな言葉と共にいつもより強く抱きしめられ、ニューイの手が九蔵の背をあやすようになでた。  まるで子ども扱いだ。けれどそれを咎められるほど今の九蔵には余裕がない。  震える体を押さえつけ、必死に平静を装って「それは、ありがとさん」と軽く返す。  そんな九蔵へ、ニューイは花びらが開くように柔らかな笑みを解けさせると、目を閉じたままユルリと笑った。 「だから、安心しておやすみ……明日も明後日もキミの魂が続く限り、私はキミが愛しいよ」  それはいつか、夢の中で聞いたセリフ。  イチルに嫉妬した、九蔵の夢だ。 「……おやすみ、ニューイ……」  どうにかいつも通りの挨拶を交した九蔵は、きつく目を閉じ、奥歯を噛み締める。 (末期すぎて、頭おかしいよな……)  ──夢の中でも、会いてぇとか。  二重にかければもしかして会えるかもと魔が差し、九蔵は密かに、ニューイの胸にキスをした。  第二話 了
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