第三話 恋にのぼせて頭パーン

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  ◇ ◇ ◇  ところ変わってズーズィの部屋。  嘘偽りなく本当に社長だったズーズィのタワーな自宅にて、ニューイは毛糸イモリの黒焼きをしがんでいた。 「んで? イチルとクーにゃんを分けて考え始めたのなんかずっと前のことじゃん? なんで今更クーにゃん研究してんの〜?」  その向かいの席につく桜庭スタイルのズーズィは、実に愉快げな笑みを浮かべて猫虫の丸焼きに食らいつく。  人間界で交流を再開してから早三ヶ月。  ズーズィは九蔵の話をするとやけに楽しそうで、根掘り葉掘り聞いてくるのだ。ニューイは首を傾げつつも「うむ」と肯定した。 「イチルと九蔵は別物だ。だけど私は、イチルを知っていたから九蔵のことを知った気になっていた」 「ふぅん?」 「九蔵のことを教えておくれ、と言ったが、九蔵に自分から歩み寄りはしなかったと思う。今の生活に、満足してしまっていた」  黒焼きの串を置いて、オバケ人参のソテーに手づかみで口をつける。  一応言い訳するなら、グイグイと距離を詰められるのが苦手な九蔵に合わせた結果だ。ニューイも不満がない。  九蔵と寄り添って暮らす日々が悪くないと、本来の〝結婚したい〟という目的を忘れそうなくらいに思っている。  しかし九蔵がズーズィとデート(何れ自分もしたい)をしたあの日──停滞していたニューイの感情は、簡単なきっかけを得てみたび変化した。  形を得たのだ。  澄央に九蔵とイケメンがイチャイチャしているかも、と言われて不安で仕方なかったこと。ミルク系の料理が好きだと知らなくて落ち込んだこと。知った途端、贈りたくてたまらなかったこと。  いいことばかりじゃない。距離の近い二人を見ているのも嫌だった。  イチルの魂を取られるのではないかというハラハラではなく、単純に九蔵に触れられそうなのが嫌だったのだ。  感じたのは、我慢ならない怒り。  怖がられると悲しいのに、抑えられなくて苦し紛れに目と耳をふさいでもらった。  ズーズィは友人だ。  けれど友人でも、許せなかった。  これもイチルの魂が奪われるかもしれないからだろうか。  そう思ったが、違うことに気がつく。  九蔵がニューイのささいなオネダリを覚えていてくれて、スマホを渡された時、面食らった。  そんな素振りはなかったはず。  それが、どうして?  興味無さそうに「いいのがあったら」なんて言っていたくせに、そう待たせることなく購入した。初めから必ず買う気で頷いたのだ。  そんなにも素晴らしいプレゼントなのだから、盛大に渡せばいいだろう?  ニューイからの〝ありがとう〟を期待して、アピールして然るべきだと思う。  にもかかわらず、まるで反応をされたくないとばかりに素知らぬ顔をしてさりげなく渡された。  ニューイはわかりやすく驚き、喜び、九蔵に抱きついて等身大の感謝を伝える。  照れて赤くなる九蔵。  黙る九蔵。  メッセージを送ると、顔を隠して倒れてしまった。九蔵ムシだ。  それをニューイも真似てみたのは、九蔵の気持ちが知りたくて、知らない自分が気に食わなくて……そう。すごく、つまらない。  イチルのことはなんでも知っていた。  九蔵のことはほとんど知らない。  それが酷く退屈だった。  そして夜に九蔵が自分の胸に額を当てた瞬間には悪魔の所有欲がギュイン! と爆上がりし、無許可で額に口付けてしまったのである。
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