第三話 恋にのぼせて頭パーン

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  ◇ ◇ ◇  澄央との夕食兼イベントマラソン大会を終えた九蔵は、現在。 「あ〜……」  自宅のベッドで丸くなっていた。  こらそこ。「いつも丸くなってるんじゃね?」とか言うな。恋をすると男女問わず、人はみなベッドの上で丸くなるのだ。  うつ伏せるように丸みを帯びた九蔵は、頭までタオルケットを被った状態で思考回路を巡らせる。  思い出すのは帰宅した頃に送られてきた、ズーズィからのメッセージだった。  世の中の恋愛マスターに是非ご査収していただきたい内容が、こちら。 『ねークーにゃん、ニュっちの話聞いてるなうなんだけどこれボクが思うにさー』 『とびきりエッチに押し倒したらヤれそうだからカマトトぶってねーでケツで抱け♡』 『騎乗位しか勝たん♡』  ヤバさよ、伝われ。  九蔵はメッセージを確認した途端、無言で玄関の壁をドンと殴った。  というかとびきりエッチとはなんなのだろうか。股を開いて全裸で待てばいいのか? 純然たる痴漢じゃないか。  いかに現場が我が家と言えども事件は事件。関係性クラッシュ案件にしか見えない。これだから悪魔は! と頭を抱える。  そんな九蔵へ追い討ちのように送られてきたメッセージが、こちら。 『てか欲まみれ=悪魔なんで誘われて断るとかありえねーっしょ』 『セックスの難易度とかマジ小四よ? 穴があんだから棒ぶっ刺すだけじゃん。イージーイージー』 『童貞処女ファイティン 笑笑』  九蔵は受信と同時にその場で四つん這いになり、わかりやすく絶望した。  笑とはなんだ笑とは。二つ重ねるな。爆笑じゃないか。  こちとらカマトトぶっているわけではなく正真正銘前後共に未使用品である。餌やりの時ですら顔の直視は避け気味なのに、押し倒してひん剥いたら脳がもたない。  迂闊にニューイを直視してしまったらフリーズした挙句、裸体の眩しさに視力を失うだろう。南無三。  微かな月明かり程度しかない夜の闇の中でくらいしか生きていられる気がしないグッピーな九蔵は、しばらくうなだれたあと、よろよろと立ち上がって洗面所へ向かった。  とりあえず労働の垢を落としたい。  ついでにスパルタにも程がある仮契約悪魔の意識も落としたい。  しかし衣服を脱ぎ終えた九蔵へ、ダメ押しのメッセージがポコン、と届いた。 『ちな、ゴムとローションは悪魔尊(あまぞん)でクーにゃんちの洗面収納に直送しといたよ〜ん★』  ──どこでフレンドアシスト発動してるんですかぁぁぁぁッ!  ご近所迷惑を考えた無音の絶叫は、虚しく胸中で響いた。おそるおそる洗面台の下の棚を開くと確かにブツを発見もした。悪魔能力の使い方が酷すぎる。  ゾンビのような足取りでペソペソとバスタイムを済ませた九蔵は、風呂から上がったあと死んだ目で『幼稚園児は針の穴に初見で糸を通せません』と返した。  着替えもドライヤーも歯磨きも家事も全て済ませてから遅々と返信したのがせめてもの抗議だ。  長くなったがそんな経緯を経て、九蔵はベッドの上でタオルケットに包まり、丸くなっているのである。 「……死にたい……」  そして、パンイチなのである。  こらそこ。「なんやかんやで実行する気なんじゃねーか」とか言うな。恋をすると人はみな頭に重大なバグを抱えるのだ。  ふと相性占いに手を出してみたりして、そもそも相手の生年月日を知らないことに気づき絶望するとか、そういう経験があるだろう? アレの亜種だ。  これはそういうパンイチだった。……いやどんなパンイチなんだ。そんなものはない。死にたい。いっそ殺してくれ。 「エッチな誘惑で思いつくのが〝脱ぐ〟一択だった俺の貧相な想像力……童貞過ぎる……!」  全力で自分を擁護したあとに全力で自分をなじる自尊心ミジンコ人間な九蔵は、「ぐぉ〜……っ」と唸り声を上げた。
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