1.さくらや

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1.さくらや

 えー、嘘、こんな制服着るの?かっこ悪っ!……私は手渡された制服を見て思わず心の中で悪態をついた。 「さ、着替えたら早速レジ打ちから教えるからね。早坂さん、大学ではどんなアルバイトしてたの?」 「ああ……、本屋さんとか、コンビニとか」 「じゃあ接客は大丈夫ね。期待してるわ」  私はため息をつく。接客は苦手だ。  ここは“さくらや”という全国規模の和菓子屋チェーン。大学を卒業しても就職の決まらなかった私はとりあえずバイトを始めることにした。家でぶらぶらしていると親がうるさいからだ。別にバイト先なんてどこでもよかった。どうせ就職が決まるまでのつなぎなのだから。駅前の和菓子屋に求人の貼り紙がしてあったわよ、という母の言葉を聞き応募しただけ。以前のアルバイトさんが急に辞めてしまい困っていたらしく私はすぐに採用された。  更衣室で嫌々制服に着替え店頭に立つ。 「まぁ、早坂さんよく似合うわ。私はもうおばさんだからその制服はさすがに着られなくてね。若い人が入ってくれてよかった」  和服姿の佐々木さんが満面の笑みで言う。佐々木さんはこの店の店長さんだ。小さなお店なので店頭に立つのは店長さんとアルバイトが一人。アルバイトは何人かいるらしいが顔を合わせたことはない。 (あーあ、知り合いが来たら嫌だなぁ)  “さくらや”の制服はピンクのエプロンにピンクの三角巾という私に言わせれば相当にかっこ悪いものだ。しかも実際着てみると想像以上にかっこ悪い。私はこの店でバイトを始めたことを早速後悔し始めていた。そもそも和菓子自体あまり好きじゃない。餡子と生クリームなら断然生クリーム派だ。 「……っしゃいませ」  不貞腐れたような私の挨拶に佐々木さんが目を丸くする。 「早坂さん、そんな挨拶じゃダメよぉ。もっと笑顔、笑顔」 「……はい」  と、初日はそんな感じだったが慣れてくるとそれなりに愛想よく挨拶できるようになってきた。制服を着る度につい眉間に皺が寄ってしまうのは許してもらおう。 「ちょっと、お姉さん、そう、あんたよ、桃色の子」 (うわ、また来たよ)  店には佐藤さんという常連の老夫婦がいた。旦那さんは穏やかで優しい人なのだがその奥さんが何とも手ごわい。 「まぁ佐藤さんいらっしゃいませ」  古くからの客らしく佐々木さんが愛想よく挨拶する。しかし奥さんは聞いちゃいない。 「桃色の子、そうあんたよ、ももちゃん! ほらそこの草餅と、隣の大福。さっさと包んで」 (ももちゃんって何だよ)  目を白黒させる私に旦那さんが頭を下げる。 「いつもすみませんねぇ。家内はここの大福が好物で」  にこにこしながらそう言われると何だかついこちらも笑顔になってしまう。口うるさい奥さんに穏やかな夫。釣り合いのとれた似合いの夫婦、というやつなのかもしれない。いつしか私は何となく微笑ましい思いでそのご夫婦を眺めるようになっていた。ももちゃんと呼ぶのだけは止めてほしかったが。
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