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2.ももちゃん
“さくらや”には老若男女様々な客がやって来る。私はどちらかというと目上の人と接するのが苦手だったのだが、店先でいろんな世代の人と接するうちずいぶん苦手意識がなくなった。最初の頃からすると考えられないことだが常連のお客さんたちとは雑談までするようになっている。和菓子も大好きになっていた。そんなアルバイト先での経験が功を奏したのか、半年程して何とか就職が決まる。
就職先は隣県だったので寮に入り地元を離れることになった。数年後、帰省した際不意に思い立ちさくらやに立ち寄る。店内を覗くと佐々木さんの姿はなくアルバイトらしき店員がぼうっと立っていた。佐々木さんがいないんじゃ寄っても仕方ないかと踵を返しかけた、その時。
(あれ、あの人)
店を訪れていた客の一人に見覚えがあった。
「あの……佐藤さん、ですよね」
思わず店に入り声をかける。常連さんだった佐藤ご夫妻の旦那さんだ。少しやつれて見える。最初私のことが思い出せなかったのか怪訝そうな顔をしていたが、ももちゃんです、と言うと手を打って大きく頷いた。
「おお、ももちゃんか!」
「はい、ももちゃんです。今日はおとひりですか?」
珍しく一人で買い物をしている旦那さんを見て何の気に無しにそう尋ねる。すると彼は寂しそうに笑った。
「家内は昨年亡くなりましてなぁ。癌であっという間でした。今日はね、月命日なんですわ。それで好きだった大福を供えてやろうかと思って久々に買いに来たんです」
私は言葉もなく立ちすくむ。嘘でしょ、あんなに元気そうだったのに。“ももちゃん!”という彼女の声が頭の中で蘇り思わず涙が零れそうになった。
「そうそう、家内はよくあなたのことを話してましたよ」
「私のこと?」
驚いて尋ねる私に旦那さんは微笑む。
「ええ、ももちゃん元気にしてるかしらってね。私らは事故で娘を亡くしましてな。その時娘はちょうどあなたと同じぐらいの年だった。それで家内はあなたに娘を重ねて見ておったのかもしれません。あなたにとってはご迷惑なことでしょうが」
そう言って大福をひとつ注文する。私は慌てて言った。
「もうひとつ、ううん、もうふたつください」
不思議そうな顔をする旦那さんに私は言った。
「一緒に食べませんか? 亡くなった奥さんもひとりで食べるんじゃ寂しいでしょ? 三人で食べましょうよ。ももちゃんも仲間に入れてください」
旦那さんは最初驚いたような顔をしていたが、やがてにっこり笑って頷いた。
完
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