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母のベッドに、銀のスプーンと一緒に運んだ。ガラスの器に盛られた、甘いシロップの中にしずむ白玉と桃。自分の分も用意して「一緒に食べよう」と言った。
母は身を起こして、こころもとなそうにしながら、器を受け取った。「ありがとう、咲良」とかすれた声で言って、そっと白玉をすくった。
私も食べた。つるつるしていて、のどごしがいい。でも、たくさんたくさん食べられるものでもないと思った。
「フルーツ白玉、昔、学校給食の調理員の仕事を四年ほどしたことがあって、そのときにつくっていたんだよ。私は、小豆の白玉しか食べたことがなかったから、今の子供たちは、ハイカラなものが食べられていいねえ、って思ってた」
母はそこまで言うと、咳き込んだ。
「あんたは白玉、そこまで好きじゃなかったよねえ」
そう母が笑うので「ごめん、そうなの」と私もつられて笑った。
でも、フルーツ白玉のシロップ漬けの甘さは、ただ懐かしい幼かった日々を思わせた。
「大丈夫だよ、咲良は。大丈夫、大丈夫。白玉もこんなに上手につくれるし」
(私がいなくなっても)という言葉を母が言おうとしたのかと思った。子供を褒めるみたいな言い方で。まだ具合の悪そうな顔をしながらそう言った母に、私は言うべきことが見つかず、思わず聞いた。
「もう一杯、食べる?」
「じゃあ、あと、2、3個だけ盛って。残った分は、水につけてタッパーにいれておけば、2日くらいは持つから」
私がつくりすぎたことまで、お見通しのようだった。母にはかなわない、そう思いながら私は「桃も3きれほど入れてくるね」と告げてベッドのそばを離れた。
シンクに置いたざるに入れてある白玉を、タッパーに移しながら、突き上げるように、母という人をもっと知らなくては、と思った。
母がいつか私の前から、旅立ってしまうその日までに。
静かな台所には、水音だけがちいさくいつまでも響いていた。
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