10月28日、会社員兼猟師B氏(△△市在住、45歳 男性)の証言

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10月28日、会社員兼猟師B氏(△△市在住、45歳 男性)の証言

 やはり取調室に入れられたということは、僕も容疑者の一人なんですかね?  2日前にJARAという団体の代表のA氏が何者かに殺害されたということですが、僕にはAという方とは面識はありません。  僕は駅から5キロくらい離れたところの一戸建てに住んでいて、会社勤めをしています。許可を得て猟銃を所持していて、狩猟シーズンの週末には山へ出かけています。  いちおう猟師と名乗れないこともないんでしょうが、猟師としての収入を考えると、副業とも言えないくらいですよ。毎年狩猟税を支払って猟犬のエサ代まで含めると、たぶん赤字です。  昔はイノシシやクマやシカ、キジなどが獲れたら、解体して肉屋に卸したりしていたようですが、何せ安定供給が難しいので、最近は肉屋もあまり受け付けてくれないんです。買い取ってくれたとしても、二束三文ですね。  都会のほうでは「ジビエ」とかいうハイカラな言い回しでお洒落な料理店が流行っているようですが、地方ではなかなかそんな専門店がやっていけるわけでもなく、獲った獲物は解体してご近所に配る程度です。  なぜ僕が猟師を始めたか。それは生命が大切だからですよ。  僕の実家はけっこうな山のなかにあります。僕が子供のころ、祖母が春先にはよく山に行って山菜を獲ってきてたんですが、クマやイノシシに遭遇することが、毎年のようにあったんです。一度クマに体当たりをされて軽いケガをしたこともありました。それでも祖母や山に入るのは止めようとしませんでしたが。  それに、山のふもとの農家では畑や果樹園をやっている家庭が少なくありませんが、定期的にイノシシやシカによる食害が発生してるんです。  人間が安全な生活を維持するためには、害獣を駆除する仕事は必要なんです。  ええ、JARAという団体のメンバーが、今月初めのクマ射殺以降、うちにも抗議に来ました。なぜクマを射殺したのが僕だと、彼らは知ることになったんでしょうかね。僕は現場に自分の軽自動車で駆け付けましたから、ひょっとしらたニュースの報道とかで僕の車のナンバーを見て、そこから足が付いたんでしょうか。  僕の自宅の前に来て、さんざん拡声器で騒いでいきましたよ。「クマを殺すな!」って。まったく、ご近所にもいい迷惑でした。最寄りの警察署に被害届を出しましたが、うちの郵便物が抜き取られるということもありました。たぶんあいつらの仕業だと思いますが。  ああいう連中は頭おかしいんでしょうかね。クマの生命を助けるために、人間が襲われるリスクを引き受けるべきとでもいうんでしょうか。  自分でこういうことを言うのも何ですが、僕たち猟師が害獣を駆除しているから、野菜や農作物の供給が安定しているんです。だから僕たちの仕事の恩恵を、日本人なら大なり小なり受けているはずなんですが、ああいう動物愛護の連中はそういうところまで知恵が回らないんでしょう。  もちろん腹が立ちましたよ。そういう意味では、僕にも団体の代表であるA氏を憎く思う動機があったと言えるのかもしれません。でもさすがに殺そうとまでは思いませんよ。  そういや、僕はA氏の死因もよく知らないんですが、何だったんですか?  そうですか、NPOの事務所で包丁で刺されて……。僕はその事務所の場所すら知りませんから。  でも、はっきり言いますが、そのA氏が殺されて、ざまあみろという気持ちがないわけではないですね。  人間に害を及ぼす獣を殺して、何が問題あるんでしょう。それを妨害するような連中は、僕たちにとって明確に敵ですよ。  A氏は必ずしもクマを殺すことを否定していなかったって?  そうですか。でも、それならなぜあの団体がうちにいやがらせをしに来たんでしょうかね。  僕たち猟師は無駄に殺生をしているわけではないんです。先ほど言ったとおり、クマやイノシシを撃ったところでお金にはなりませんから、いたずらに動物を殺す動機は僕たちにはありません。あくまでも必要最小限に留めているつもりです。  もちろん今後も猟師は続けていくつもりです。  また動物愛護の連中が来るかもしれませんが、そのときは警察のほうできちんと追い返してくださいよ。僕たちは何も悪いことはしていないんだから。
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