一章 海賊との邂逅

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「故障か?」  カイは腰に手をやって、相手の船を覗き込んだ。  会話が出来るほどに近づいた船の上。甲板にはざっと二十人ほどの人間が出ていた。  流石に、一目で海賊船と判るものは無い。甲板に乗った男達はどれも、鍛え抜かれた身体をしており、街中でも歩いていれば明らかに浮いてしまうような粗野な格好をしていたが、そもそも船乗りと言う人種がそんな風体である。特に、おかしいところは無い。それぞれが皆、腰に剣を挿しているのも、そう不自然でない。 「あぁ。出航した際、どうも船底を傷つけちまってたらしくてね。気付かないうちに、倉庫の床が浸水してやがる」  カイの正面に立った男が、軽く手を開いてそう言った。四十前後のはげ男。彼の動作や表情を冷静に観察しながら、カイは簡単に言葉を選ぶ。相手が何の捻りも無い言葉をかけてきているのだ。こちらが返答に凝ることも無いだろう。 「それは大変だな。酷いのか?」 「すぐに沈むって状況では無いんだが。本当は、このまま近くの港まで行こうと思ったんだが、運良くあんたたちの船が見えたからさ。図々しい願いで申し訳無いんだが、船を軽くするために少し荷を移させてくれないか? 勿論、礼はする」  悪くない。カイは相手に気付かれないようにそう口の端を上げた。  沈みそうだ助けてくれ、と言って強引に大挙して船に乗り込んでくると思いきや、意外と冷静な対応である。こちらに選択権を与えることで、完全に油断をさせるつもりなのだろう。そして緊急事態ではないということを主張することで、助けを呼ばれる危険を回避できる。本当に沈みそうならば、こちらが一隻では手が足らないと見て、今度こそ狼煙で救難信号をあげるかもしれないのだ。流石は海賊と言うべきか、海賊のクセにと言うべきかは知らないが、頭は悪くない。 「こちらの船にもそう空きは無いんだが。まぁ、少し軽くする程度なら、協力出来るかな」  軽く肩を竦めて、カイはそう答える。  船同士だと考えれば、随分と接近してはいるが、人間が飛び移れるほどには近くない。この距離で大砲も撃っては来ないだろう。あちらが撃てば当然、こちらも応戦する。こんな至近距離で大砲を撃ち合えば、共倒れになるだけだ。そしてきっと、投石器や矢の類も打っては来ないだろう。どうせここまで近づいたのなら、船同士を連結させて襲うのが手っ取り早い。  カイの回答に、男は会心の笑みを浮かべる。 「それは助かった。橋板を渡させてもらって良いか?」 「どうぞ」  ぶつからないように注意しながら、船が近づいてくる。そして相手の甲板から、丈夫そうな板が延ばされた。それはガン、と鈍い音を響かせて、こちらの船に繋がった。それと同時に視線の隅に金色が映る。目立つ髪のお陰で、視線を向けずともそれが誰かが解ってしまう。 「ま、とりあえず様子を見るか」  そんなカイの適当な言葉に、ラスティは苦笑めいた表情を見せた。  だが相手の足が橋板にかかった瞬間、彼の表情は引き締まる。抜群に整った顔に、貴公子然とした雰囲気。きらきらの髪も白い肌も、物語に出てくる王子様のようである。もっと愛想がよければ文句ないのだろうが、無愛想でありながら紳士的で優しい、というのもそれはそれで悪くない。近づきづらい雰囲気で遠ざけてはいるが、彼に好意を抱く女性はカイが知っているだけでも両手の指で足らない。    男達が五人ほど、次々とこちらの船に渡ってきていた。彼らは自然な動作で甲板を見回す。こちらの立ち位置や人数、それから力関係などを確認しているのだろう。一足で飛びかかれる距離にいる彼らに、カイは口を開く。 「荷物ってのは多いのか?」  そう言ってから、カイは敢えて彼らに背を向けた。自分がこの中でリーダーであるということを示すために、船の中でも貫禄のありそうな年長の仲間を指名して指示を出す。 「コニー、荷の積み込みを手伝ってやってくれ。それから——」 「隊長!」  カイの言葉を遮るように、仲間が声を上げた。男達を振り返ろうとしたカイのすぐ背後で、キィン、と甲高い音がする。振り返ると、飛び掛ってきた男とラスティが剣をあわせていた。敵は背を向けていたカイの隙をつこうと攻撃してきたのだろう。だがそれをラスティが止めるということも含めて、予想通りだ。  彼はカイが瞬きする間に、その相手を叩き伏せていた。カイは自らも剣を抜きながら、命の恩人に対して思い切り眉を顰めてみせる。 「相変わらず、気持ち悪いくらいの早業だな」 「無駄口を叩いている場合か?」  ラスティは相手を軽くあしらいながら、淡々とした口調で言った。男達はそれぞれにこちらに向かって攻撃をしかけてくる。意識の半分は相手に向けながら、カイはラスティににやりと笑って見せた。 「お前みたいに不器用じゃないからな。喋りながらでも問題なし」 「俺に勝てない奴の台詞じゃないな」  そんな風に一刀両断されてカイは、う、と言葉を詰まらせる。確かに彼に剣の勝負で勝ったことは一度もない。カイはラスティから視線を逸らすと、続々とこちらの船に乗り込んでくる男たちに向けて声を上げた。 「何の真似だよ?」 「大人しく降伏すれば、命だけは助けてやるよ!」  言葉を返してきたのは、最初にカイと交渉していた男だった。彼は未だ自分の船に乗ったまま、仲間達をこちらの船に送り込んできている。あいつが頭か、とカイは見当を付けた。あいつさえ抑えれば、簡単に制圧できるだろう。  カイはラスティの背に向けて、首を傾げてみせる。 「だってよ。どうするよ?」 「白々しいな」  降伏するつもりなどさらさらないくせに、と。ラスティは言外にそう切り捨てる。カイは心外だと眉をあげて見せたが、彼はこちらをちらりとも振り返らない。視線は全く油断なく、周りの敵に向かっている。 「うちのラスティがどうしても降伏はしたくないってよ」 「勝手に俺の言葉を捏造するなよ」 「何をごちゃごちゃと言ってやがる!」  声を上げたのは船に乗っている男ではなく、カイ達に襲い掛かってきている男だった。当然といえば当然だが、カイ達がほとんど無視していたことにご立腹したらしい。 「雑魚には用は無いんだよ! コニー、ヨク、ここは任せるぞ」 「あいよ、隊長」  そんな仲間達の言葉を背に聞いて、カイは船に乗り込んでいた男達を無視して走り出す。邪魔をする奴は切り払い、船と船を繋いでいた橋板に飛び乗る。丁度、橋を渡ろうとしていた男を突き飛ばすと、彼は悲鳴を上げて海へと落下していった。 「あらら。——ま、水浴びには良い時節だな」 「カイも泳ぎたいのなら、協力するが」 「その前に、ラスティこそ頭を冷やしに落ちたらどうだ?」  そんな軽口を叩きあいながらカイは相手の船に飛び降りた。そのついでに目の前に立ちふさがっていた男に飛び蹴りを食らわせる。ほとんど同時にラスティも、相手の船に飛び降りていた。後続の仲間はいなかったが、船の中の男達が片付けばすぐ駆けつけてくるだろう。  そもそも。ラスティと二人だけでも、負ける気がしないのだ。
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