ドラコロ/28号 1

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ドラコロ/28号 1

1 僕は、桜市立さくらまち小学校の五年生、英太。 六十年の歴史を誇る『さくらまち商店街』に軒を連ねる野木精肉店の一人息子だ。 好きなものは野球。でも最近は遊んでいる暇なんて全然ない。 学校から帰ったらランドセルを置いてすぐに店の手伝いをするんだ。 父ちゃんは近所のお得意様に配達へ行っているし母ちゃんは店の奥で夕方に向けてお惣菜をたくさん作らなきゃいけないからだ。 僕の仕事はというと、うちの大ヒット商品を首からぶら下げた箱に入れて、店先で売ること。 これは凄い人気商品で、母ちゃんはこれを売っていると他の仕事が出来ないんだって。 商品の名前は「どらコロ」 見た目はどら焼きなんだけど、あんこじゃなくてソースのたっぷりかかったコロッケが挟まってる。 味は甘しょっぱくて、しっとり重めのコロッケパンって感じだ。和菓子屋から婿養子に入った父ちゃんが発案した。 今でこそ毎日完売するようになったけど、初めはまるで売れていなかった。 朝作ったものが夕方になってもそのまま店の端に並べてあって、次の日の僕のおやつは、大抵売れ残ったどらコロだった。 味は美味しいから嫌ではなかったけど、売れなくて悩んでいる父ちゃんを見るのは少し辛かった。 そんな落ちこぼれだった「どらコロ」が、こんなに大人気になったのには、ある理由があるんだ。 一年前、僕が四年生だったときに「ロボット選手権」っていう大会が開かれた。 全国から有名な大学の教授やエンジニアや高校生のチームや、とにかく色々な人たちが自分の作ったロボットを応募した。 僕はテレビってアニメくらいしか見ないから全然知らなかったんだけど、同じ商店街の八百屋のタケルがたまたま観たらしくて、興奮しながらクラスで騒いでいた。 「すげえんだぜ! 喋ったり走ったりよ、野球できるロボットもいるんだぜ!」って。  その野球の出来るロボットっていうのに興味があって、僕はタケルに頼んで、録画したディスクを貸してもらった。  とにかくその番組はすごかった。 だけど僕が夢中になったのはバッティングセンターでホームランを連発するガイコツみたいなロボットじゃなくて、最後に出てきた小さなロボットだ。  BGMもなくトコトコと二足歩行で舞台へ上がり、そのまま何もせず正面を向いている。 出品者:T工科大高知能ロボット研究室  研究員(博士)金田タダシ  出品ロボ名:28号(通称)  とテロップが出た。 ずんぐりした丸い頭にはビーグル犬みたいな垂れたツヤツヤの黒い耳。 面取りされたみたいに角の丸い、ふっくらした胴体のお腹には半円型の大きなポケットが付いている。 全身クリーム色で顔が可愛くて丸くて赤い鼻と尻尾がある。  一目ぼれって、こういうことを言うんだって思ったんだ。  まだ女の子のことを好きだと思ったことはないけど、そのロボットのことは一目で気に入った。 とにかくすっごく可愛くて、それに照れたみたいにほっぺが赤いんだ。 「この子は、怪力が出ません」  出品者の男の人は、よく見るととても若いのに、髪の毛はボサボサだし猫背で痩せっぽちだから、遠目に見るとおじいさんみたいだった。 持っていたリモコンをポケットに仕舞いながら、説明をしている。 「ビームも出ないし、知能も凡人並で、おまけに野球が出来ない」  さっきのバッティングセンターからの中継を意識して、肩を竦めてみせた。 会場はドッと沸いたけど、野球ロボは偉い教授と元プロ野球選手の共同制作だったからか司会者は笑わなかった。 そして少し苛立った様子で「PRタイムはあと一分ですよ」と告げた。 「この子は、普通の人間以上のことは出来ない。但しロボットには出来ないことが出来る」 「何ができるんですか?」  ゲストタレントが質問すると、金田さんはにこっと笑って言った。 「動物……いえ、人間と同じように感情を持っています。体は機械ですが、中身は人間です」  28号はニコニコしながら大人しくしていたんだけど、司会者が大仰に 「そんなロボットが大学教授でもないあなたに作れたとしたら、これは大事件ですよ!」 と声を上げたのを境に会場中から「証拠を見せろ!」っていう野次や馬鹿にしたような笑い声が響くと、口をへの字に曲げた。  そして僕は見たんだ。  ロボットが震えながら怯える瞬間を。 「ほら、今この子は怖がっていますよ」金田さんが笑いながら言うと、司会者が「涙が出ていないじゃないですか」と言い返した。 「犬と同じにしたんです。フォルムは犬型ですから」  おどけて質問をかわした金田さんとは対照的に、ロボットの頬は青ざめて、涙の出ない目を落ち着かなそうにキョロキョロと動かした。  PRタイムが終わり、不安でブルブル立ち竦んでいた28号は金田さんに抱っこされながら裏へ下がった。  優勝したのは野球ロボで、そいつはテレビ局が主催している科学技術展で展示されることになった。 だけど僕は28号の震えた小さな体のことが頭に張り付いて忘れられなかった。  居ても立ってもいられず、デッキから乱暴にディスクを引き抜き、タケルの家へ駆け込んだ。 「タケル! この、小さいロボット、見た?」  夕飯中だったタケルは怒りながら店先まで出てきたのに、僕が、どうしてもあの28号に会いたいと言うと、今度は笑いながら首をふった。 「そりゃ無理だ。大会で負けたんだから、多分今頃スクラップにされているぜ」 「……ス、スクラップ?」 「そりゃそうだろ。ロボット作ってるやつはみんな科学者だろ? 賞を獲れなかったら改良するためにバラして、新しいやつを作るじゃねえか」  僕はショックで、どうしていいか分からなくなった。壊される前に、僕が助けてあげなくちゃいけない。 何故だかそんな衝動に駆られた。取りあえず八百屋を飛び出して金持ちのトネオの家へまた走った。 頼んだら、28号を買い取るお金を貸してくれるかもしれない。 「バカだなあ英太は。僕がお金なんか貸せるわけないだろ?」  トネオは紅茶を啜りながら口を尖がらせた。そして僕に、T工科大学の電話番号をくれた。 「さっきタケルから電話があったよ。きっと僕んちに頼みに行くだろうって。明日ここに電話をかけて金田って人に直接頼んでごらんよ」  僕はどうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか自分で自分が嫌になった。僕だって冷静になれば104で電話番号を調べることぐらい出来たのに。 「トネオ……ありがとう」 「だけどさぁ、英太。ロボの名前は28号。今まで27の試作品がスクラップになってきたってことだよ?  そんなに一生懸命改良して作ってるロボットを小学生なんかに簡単に見せてくれるかなあ?」  そう言われても、どうしても28号に僕は会いたかった。  あの何も出来ないロボットが、笑われて震えている機械が、僕にとてつもない衝撃を与えていた。自分でもよく解らなかった。 こんなに何かに感動したことなんて今までなかったから。  翌日僕は藁にも縋る思いで大学へ電話した。 金田さんは研究室の有名人みたいで、僕が「テレビを観た。ロボットのことを聞きたい」という旨を伝えただけであっという間に取り次いでもらえた。 「28号に、何か?」  テレビに出ていた時より少し疲れた声をした金田さんは開口一番そう急かした。 一瞬ひるんだけど、僕はどうしても28号をスクラップしないでほしいこと、あんな素敵なロボットは見たことがないということ、そしてぜひ28号に会いたいということを伝えた。 「あ、そう。だったら会いにおいで」  金田さんは土日も研究室にいるから、学校が休みの日に研究室へ遊びに来いと言ってくれた。 電話の前で飛び上がったのは、産まれて初めてだった。  タケルとトネオに話したら一緒に来るって言ったけど、大学は都心にあって、僕ら小学生だけで行くにはちょっと遠かった。 僕は父ちゃんに頼んで、一緒に来てもらうことにした。 「お店、いいの?」と恐る恐る聞くと、父ちゃんは笑った。 「英太がこんなに何かに夢中になったの、父ちゃん初めて見たからな。まかせとけ! 何でも協力してやる!」だって。  事情を聞いた母ちゃんも、ビデオを見ながら 「こんなに可愛い子がスクラップになっちゃうなんて、確かに可哀想ねえ」と言ってくれた。  日曜日、僕たちはT工科大学の研究室へ行った。父ちゃんは手土産にと、朝から何個もどらコロを作って持ってきた。 タケルは何も持っていなかったけど、トネオは緑と青の丸の絵が描いてある百貨店の袋を抱えてきた。ブランデーケーキが入ってるんだって。  研究室へ着いたときは、僕ら子供だけではなく父ちゃんも見たことないくらい緊張した顔をしていた。そういえば、昔から学校は苦手だったって言ってた。 「はじめまして。はるばるようこそ」  扉の先で忙しそうに振り向いた金田さんは、電話で話したときよりも元気そうだった。 だけど相変わらずボサボサで伸び放題の髪の毛に、随分高い背を丸めている姿はやっぱりおじいさんみたいだ。 僕たちのことを、他の研究員に「多摩っ子が28号をわざわざ見に来たんだ」と得意そうに自慢したのが嬉しかった。 研究室の中にはアルミ色の細いやつから真白い人型のやつまで色んなロボットが作られていた。  タケルとトネオはそれをはしゃぎながら見て回っていた。 でも僕はとにかく早くあの可愛いロボットが見たくて、父ちゃんの袖を引っ張った。 「あ、センセ。これ、うちで作ってる商品なんですが、よかったら皆さんでどうぞ」  ロボットに囲まれて面食らっていた父ちゃんがやっと思い出して金田さんにどらコロを渡した。 金田さんは面白そうに中を覗き込み、お腹が減っていたのか一つ取り出して齧りついた。 「あれ、旨い。これは旨いですよ。なんですかこれ。ホットケーキにジャガイモ?」  と言い、奥の方へ歩きながらモグモグとほっぺを膨らましている。 父ちゃんはなかなか売れなかったどらコロを褒められてすごく嬉しそうに、金田さんの後ろに付いて話す。 「これはどら焼きの中に合挽と芋のコロッケを挟んでるんです。うちは肉屋なもんで!」 「ああ、どら焼き、なるほど。いや実に旨い。ソースがまたいいですねえ」 「でしょう? いやぁ~流石センセ! 頭だけじゃなくって舌の方も一流みたいだ」  僕は隣の部屋へ入った大人二人の歩幅についていけず、小走りで後を追った。どらコロよりも28号だ。  一つ食べたらお腹いっぱいになるどらコロをあっという間に二つ平らげ、三つ目をガサガサと袋から出しながら、金田さんはくるっと振り向いた。 「いや、実に結構な物を頂きました。代わりにコイツをあげましょう」  金田さんの、三つ目のどらコロを持った手がすっと部屋の奥を指し示した。 僕と父ちゃんは同じ首の動きで埃を被った布の下からちょこっとはみ出た尻尾を見た。 棒の先が丸くて赤い玉になっている尻尾。 僕は弾かれるように走り寄って布を引っぺがした。  28号が居た。  でも、テレビで見たときみたいに頬が赤かったり青かったり、目が動いたりはしていない。 黒目にツヤというか、光が灯っていなかった。首も少しうなだれている。 「これ……この子は、もう壊されちゃったんですか……?」  怖かったけど、思い切って訊いた。勇気がなくて振り向けなかった。 動かない28号を見たら急に悲しくなって少し涙が盛り上がってきた。 「まさか。ただ電源が入っていないだけだよ」  笑いながら、金田さんは僕の真横にツカツカと歩み寄ると、28号の尻尾をグイっと引っ張った。 すると28号の黒目の奥に電気が灯り、顔の内側から頬の部分までゆっくりと赤くなっていった。 「ね。尻尾を引っ張るとスイッチが入る。この子は動物と同じ様に熱量を食べ物から採る様に作ってあるから、電源を入れっぱなしで何時間も放っておくと腹が減って可哀想なんだ。 だから用の無いときは電源を落とす。これ、約束ね」  その代わり、一日に一度は必ず電源入れてあげて。体内時計が狂っちゃうから。と、今度は逆のことを言いながら金田さんは28号の体を異常がないか触って調べている。 僕には途中から意味が分からなくて、父ちゃんの方を見たんだけど、父ちゃんも唸っていた。 「ロボットなのに、お腹が減るんですか?」 「そう。わざとそういう風に作ったんだ。『人間』に限りなく近いロボットが作りたくてねえ。 僕は君と同じ歳の頃からロボット工学に興味があって、それからずっと、いつかは『生きているロボット』を作りたいと思い続けている。その集大成が今のところ、この28号さ」 「生きている……? じゃあ、えっと、ご飯も食べるんですか?」 「もちろん。テレビでは人間の心を持つ、なんて、ちょっとデカイこと言ったけど、それよりももっと単純。 簡単に説明すると、犬だと思ってくれていい。ただ機械で出来ているだけの、犬だ。感情もあるし、食べ物も食べないと、正常に作動しなくなる」  そう言って金田さんは持っていた三つめのどらコロを28号の大きな口に近付けた。 28号にはセンサーが付いているのか鼻が利くのか、ぱかっと口を開けた。 口の中は大きなドームの様になっていて、舌の中央に大きく丸印があった。 そこにどらコロを置く。すると28号はゆっくりと口を閉めた。 「中では、食物の分解が始まっているよ。カロリーや栄養素を分析して、それを胴体部分に落とす。 この子の腹の中にはちょっと遺伝子操作された植物がハイドロカルチャーの要領で搭載されてる。土の代用品になるクレイボールにも、まあ色々細工してあるんだけど、ともかくそれが摂取した水や食物を吸収する。 外装甲の裏一面に装備されている疑似太陽光発電器の一部を利用して光合成をモデルにした植物成長プログラムを起動、 その成長エネルギーを実際は植物の成長ではなく28号の原動力に使っているというわけさ」 「えっと、よく分からないけど……トイレはどうするんですか」 「うん。排泄機能は付けてない。摂取食物の七十五パーセントはこの要領で相殺されるんだけど添加物とか繊維質とかやっぱり吸収出来ないものもあるから月一回は洗浄メンテナンスが必要。ちょいと厄介だけどねえ」  身体は機械だから食べなくても死なないけど、太陽光の予備電源だけじゃ知能の方から正常に作動しなくなってくる。と付け足し、金田さんは僕に小さなリモコンを渡した。 「これが28号のリモコン。感情プログラムを入れた機械は、自動にしてはいけないという法律があって、この子はリモコンでしか動けない。犬を引っ張るリードだと思って」 「どうしてそんな法律があるんですか?」  僕には不思議だった。 感情の無いお手伝いロボットがお金持ちの家でメイドさんをしていることを僕は知っている。感情があるロボットが自由に動けたら、もっと役に立ちそうな気がしたんだ。 でも、金田さんはとんでもないという風に大袈裟に目を開いて首を振った。 「感情のあるロボットが自由に動き回れるということは、例えばすごく凶暴な野良犬がウロウロするのと同じなんだ。 今の高知能ロボットの有するハイパーテクノロジーを以てしても感情プログラムと組み合わせた場合のロボットの判断能力は低い。 現代の複雑な人間社会においては五歳児未満と言われている」  僕はもう一度父ちゃんの方を振り向いてみたけど、そこにはいつの間にか来たタケルとトネオがポカンとした顔で突っ立っていた。 父ちゃんはもう金田さんの話を聞かずに28号に近づき、お腹のポケットを撫でたり耳を触ったりしてみていた。 「あー……ええとね。要するに、人間は怒ったりイヤなことがあったりしても我慢するよね。でも、犬とか他の動物って、感情をそのまま出すでしょ?」 「はい」僕が頷くと、金田さんが困った様に笑いながら頭を掻いた。    「で、28号みたいに感情プログラムを入れられたロボットは、まだ人間より動物の方に近いんだ。自分で自分を制御できない。 もしそのロボットに武器とか怪力とかがあったら、危ない、これは分かる?」 「分かります。だから、人間が操縦しなさいって決められているんですか?」 「そういうこと。僕も他の研究者も、目指すところはリモコン不要と認めて貰える『人間』を作るということなんだ。 だけど28号はまだ試作も試作。集大成とは言ったものの、やっと『動物』として完成した段階なんだよねえ」  金田さんはつまらなそうに腕組みをして、しばらく28号を眺めていた。それから「あれ?」と呟いた。 「気に入ったみたい」  そう言われて僕も28号をよく見てみる。『食事』を終えたらしい28号の目がキラキラと輝いて、ほっぺがいつもよりさらに真っ赤になっていた。 思わず触ってみると、赤い部分がほんのりと温かかった。 言葉を話しているわけでもないのに、一目で喜びが伝わってくる、ちょっと不思議な光景だ。 「そうかそうか! お前もどらコロが旨いか!」  父ちゃんは28号の表情を見て、また満足そうに大きな声で笑った。 「ところでセンセ、さっきこのロボットをくれるって言ったけど……まさか本気じゃないでしょうね」  父ちゃんが愛想笑いをしながら金田さんに向き直る。金田さんは同じ様に愛想笑いしながら 「いいえ、本当です。差し上げます」と言った。 「ほんとにっ?」  僕は思わず大きな声を上げて、一緒に歓声を上げたタケルとトネオに飛びついた。 こんなに可愛いロボットが、うちに来て、ずっと一緒にいられるなんて、夢みたいだと思った。 スクラップになるのが可哀想で、どうしても守りたくて、ただそれだけで大学まで来たのに、まさか貰えることになるなんて思ってもみなかったんだ。 「でも、29号を作るために分析したりスクラップにしたりしなくていいの?」  トネオが、不意にそう訊いた。 そうだ。 28号だって27作目までのロボットの犠牲の上に産まれたはずだ。 僕はまた怖くなって、恐る恐る金田さんと目をキラキラさせたままの28号を交互に見やった。 「うん。今までのロボットは皆スクラップになったよ。27号なんかかなり知能が高くて、28号よりはずっと優秀なロボットだった。 でも、感情プログラムが上手く出なくてねえ。僕の目的は感情のあるロボット作りだし、目標は『人間』造りだから、ロボットとしていくら頭脳が素晴らしいとしてもただの機械じゃ困るんだ。 だから分解して必要な部分を28号に移植して、ボディはスクラップした。 でも、この子はある意味完成品だから。まずは『動物』の完成品。分析はしたけどサンプルとしてとっておくんだ。 じゃないと次の『人間』の試作品が出来たときに比較できないでしょ」  頭の後ろを掻きながら、金田さんは僕たちに説明した。何か言いかけたトネオを押しのけて、今度はタケルが口をはさむ。 「そしたらなおさら大事に研究室にとっておかなくていいのかよ! 英太にやったら研究室の外の世界をたくさん知って、元のままじゃ返せないかもしれねーぞ!」 「それでいいんだよ。感情がある知能は、成長する。つまり変化するものなんだ。僕は研究室に籠りっ放しだし、生憎研究費は次のロボットの製作で手一杯。この子の食費までは賄えそうにもないんだよね」  情けない話、と笑って金田さんは父ちゃんに向き直った。 「いずれ返してくれとは言いません。あなたの息子さんの熱意は、ロボット製作者として純粋に嬉しかった。28号を大事にしてくれると思った。だから差し上げます。 その代りにいくつかの約束をして頂きます。もちろんバグや破損の修復はいつでも無償で私が。責任を持ってサポートしますので」 「はあ……ですが、うちはしがない商店街の肉屋で、ロボットなんて大層なモンを貰うのはちょっと荷が重いんじゃ……」 「そんなことない! 僕が絶対大事にする! 乱暴に扱ったり飽きたりしないよ! 一生一緒にいるよ!」  父ちゃんが断ろうとしたので僕は慌ててそう叫んだ。  28号が家に来る。 そのことが僕の胸をいっぱいにして、28号に負けないくらい僕のほっぺも熱かった。
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