ドラコロ/28号 4

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ドラコロ/28号 4

4  嘆願書を議長に渡しに行く日、僕とドラコロにはタケルとトネオが付いてきてくれた。 トネオは、パパの立場を考えなさいとママに止められてたみたいだけど、こっそり抜け出してきたって引きつった顔で笑った。  刈野さんは僕らを見て、それからドラコロを見つめた。そして 「あなたたちの熱意は分かっています。マスコミもテレビ局から新聞社から週刊誌まで声を掛けておいたし、小学生が嘆願書を持っていくっていうのは結構なアピールになるとは思います」  と言った。だけどその顔は全然嬉しそうじゃなくて、むしろ険しかった。 「だけど、それでも難しい状況だと言わざるを得ません。そのロボットを連れていくことは、世論へのアピールになる一方で、余計に状況を悪化させるかもしれない。まさに諸刃の剣だと思っておいてくださいね」  僕は刈野さんが、どうしてドラコロにだけこだわるのか分からなかった。 確かにこの子は最新技術の「感情プログラム」が入った高知能ロボットだから、うちに来たときに取材された。でもロボットなんて、ここら辺の町にはあんまり居ないだけで都心では珍しいものでもないんだ。  お金持ちの家にはお手伝いロボットがいるし、動物アレルギーの人はロボットペットを飼ってるし、会社には清掃ロボットがいる。 レストランでウェイターをするロボットも見たことがある。だから僕には理解できなかった。 「どうしてドラコロが僕たちと一緒にテレビに映るのが、悪影響になるんですか?」  庁舎に着くまでの道すがら、僕は歩きながら刈野さんに質問した。 僕のリモコン操作で少し前を歩いているドラコロも、気になるのか少しだけ振り向いて刈野さんを見た。 「……いや、何て言ったらいいか。あなたたちにはまだ難しい、大人の世界の話で……」  急に口籠った刈野さんの背中を、後ろからタケルがドンとど突いた。 「子供も大人も関係ねーよ! 俺たちだって商店街を守るために戦ってんだろ!」 「そうだそうだ! 僕たちにだって、知る権利があるはずだ!」  トネオも怒って脇から捲し立てた。刈野さんは少し考えたあと、メガネを外して綺麗に拭いた。それから、分かりました。とゆっくり口を開いた。 「会長や野木さんたち大人の方にも勿論お話ししましたが、どうやら今回の件には佐久間議員と大柴建設との関係がかなり深く影響している可能性があります」  一枚も葉っぱを付けていない街路樹の歩道を歩いていた僕たちは、その脇にあるベンチに腰かけて「難しすぎる」話を聞いた。 佐久間という人が商店街を潰す議案を出した張本人で、よくニュースで見かける佐久間政調会長という国会議員の息子らしい。トネオが前に言ってたコネってそのことかもしれない。  ともかくその佐久間議員と大柴建設っていう会社が仲良しで、大柴建設にマンションやショッピングモールを建てる仕事を任せるから、代わりにお金を貰ってるんじゃないかって刈野さんは言った。 「繁盛し機能している商店街は町に納める税金も高い。過疎化を防ぎ町に活気も与えている。それなのに商店街を潰してまで都市開発をするのは誰の目から見ても不可解でした。 尻尾が掴めないかと色々探っていた矢先、匿名で内部告発の形を取った手紙が届きました。内容は……簡単に言うと、悪いことで」 「そんぐらい、分かるよ! 刑事ドラマで見たことあるぜ!」  タケルの言葉に、僕とトネオも頷いた。つまり、あれだ。ワイロを貰っているんだ。 「そうでしたね。……でも本当はあなたたちみたいな未来ある子供にこんな話をするのは、大人として恥ずかしいんです。本当に、情けない」  はー、と長い溜息を吐いてメガネを外すと、刈野さんはふっと肩を落とし 「まだ信じられない。こんなことをする人間だったなんて」と呟いた。  それっきり刈野さんが黙ってしまったから、結局それとドラコロがどう関係あるのかはさっぱり分からなかったけど、ともかく僕たちは約束の時間に遅れないように庁舎へ向かった。  大人の世界は怖い。  詳しいことは全然分からないけど、自分がお金を貰いたいからって商店街やそこに住んでいる家族たち全員を犠牲にできるなんて、怖いと思った。 そんなひどいことを簡単に出来てしまうなんて、どんな人なんだろう、佐久間という人は。  僕たちが指定された大会議室に到着すると、そこは思っていたよりも大勢のマスコミの人たちが居た。刈野さんは簡単なコメントをして、僕たちをかばうみたいにしてカメラの前に立ってくれた。  遅れて議長がやってきて、僕たちはフラッシュがたくさん光る狭い部屋の中で嘆願書を渡した。 議長はすごく太ったおじさんで、ドラコロを見ても微笑みもしなかった。その代わりカメラの前では笑顔でポーズを取り、インタビューには「可愛らしいロボットですね」と答えていた。  会えたのは議長と秘書の人だけで、佐久間議員やトネオの父ちゃんは何処にもいなかった。  会議室の中で、僕は何度かマイクを向けられた。僕は、僕がうちの店や商店街をとても好きだということ、毎日ドラコロと一緒に手伝っていること、商店街がなくなると友達ともバラバラになってしまうし引っ越さなくてはならないし、ドラコロと一緒にどらコロを売れなくなるという話を、一生懸命話した。 マスコミの人は、分かってくれたような流しているような曖昧な顔をしてその話をメモした。 思ったよりもあっけなく作戦は終わった。建物を出ると冬の風がびゅうと吹き付けて、僕たちはみんなでぎゅっと体を縮めた。 ドラコロだけがそんな仕草を不思議そうに眺めた。 刈野さんは、そのドラコロの丸い頭をぽんぽん、と撫でて少し笑った。 「君も大変だね。君が優秀なロボットだから、有名になるのを快く思わない人がいるんだ」  撫でられて気を許したのか、ドラコロの頬が少し赤くなった。 「もしかして、その快く思っていない人っていうのが、佐久間議員に商店街を潰してくれって頼んだんですか?」  僕がふと尋ねると、タケルとトネオがびっくりして顔を上げた。僕だって自分で口にしてから、なんて突拍子もないことを言ったんだろうと驚いた。 でも、さっき刈野さんはドラコロを連れていくことで悪いことが起こるかもしれないって言った。 それはつまり、ドラコロのことを妬んでいる誰かが今回の議案に関係しているってことだと思うんだ。  刈野さんは僕を目で制し、ドラコロの頭からゆっくりと手を離した。 「そろそろ行きましょう。ここは寒いし日も暮れてきますよ」 「刈野さん! ちゃんと教えてください! 僕たちは、知りたいんです。本当のことを!」  慌てて僕は大きな声を出した。ドラコロが驚いて目を丸くした。それから僕の腰にぎゅっとしがみ付いた。 だけど僕は止めなかった。ドラコロだって、怖いかもしれないけど知りたいはずだ。さくらまち商店街を守るために、僕たちは現実から逃げちゃいけない。 「……そのロボットには感情があるんでしょう? その子の耳に入れるには少し辛い話です」 「感情があるから、だからこそ聞かなくちゃ。ドラコロには、商店街を守りたいっていう僕たちと同じ感情があるんです。ドラコロだって本当のことを知らなくちゃ先へ進めないじゃないですか!」  僕は粘った。普段あまり大きな声を上げないからだろうか。タケルとトネオは僕と刈野さんを交互に見るだけで何も言わない。 いつの間にかドラコロは僕の腰から離れ、しっかりと僕の顔を見上げていた。 僕もドラコロを見た。僕たちに言葉はないけど、ドラコロのまっすぐな目には、いつだって僕と同じ気持ちが込められているように感じる。 「……では君は選べますか? 真実を知って、そのロボットと商店街のどちらか一つを選ばなくてはならないとしたら、君はどちらを選ぶんですか? 本当のことを知ったら、その決断を迫られることにもなるんですよ」   刈野さんの視線は冷たくはなかった。子供のくせにと僕を突き放している訳ではなかった。ただ、僕のことを憐れんでいる。僕とドラコロのことを同情していた。  僕は呆然として何も言えなくてその場に立ち尽くした。どちらかを選ぶなんて、そんなこと考えたこともなかった。 「マスコミの反応や市議会からの返答を待って、また伺います」  刈野さんはメガネを上げながら短くそう言って、帰った。僕はドラコロの顔が見られずに、手の中の小さなリモコンを握りしめていた。 タケルとトネオが刈野さんのことを悪く言ってくれたけど、みんな分かっていた。この現実が、刈野さんのせいではないってことを。    僕は帰ってすぐに金田さんに電話をかけた。この間みたいに漏れ聞こえてしまわない様に、ドラコロのことは夕飯の支度をしている母ちゃんに預けた。 あまり僕から離れたことのないドラコロは、少し不安そうな顔をして耳をしゅんと下げたけど、僕は金田さんと二人きりで話をしたかった。 さっき刈野さんに言われた言葉が耳から離れない。  一体どういうことなんだろう。何が起こっているんだろう。  製作者の金田さんなら何か知っているかもしれないと思い、呼び出し音の間も気ばかりが焦った。 『そんなに慌てて、どうしたの? 嘆願書は渡せた?』  金田さんがのんびりした声で受話器越しに話しかけてくるのすら、じれったい。  僕はおおまかに、急ぎ足で今日の出来事を説明した。金田さんは相槌を打ちながら黙って話を聞いてくれた。 「弁護士さんに、ドラコロ……28号を快く思っていない人が商店街を潰そうとしているのかもしれないって教えてもらったんです。その人が誰か、心当たりありませんか?」 『いきなり無茶言うねえ』  金田さんは僕の早口をたしなめるように笑った。 『いや、自慢するわけじゃないけどね、感情プログラムは世間での認知度はまだまだ低いけど研究者の中では最も注目されている次世代ロボットツールなんだ。 28号は「人間」造りを目指す僕らのチームの中でこそ試作品段階だけど、感情プログラムをインストールしたロボットとしては群を抜いて完成度が高い。 君の見たテレビのロボット選手権ではアマチュア審査員がエンターテインメント的観点で評価したからパッとしなかったかもしれないけど、僕の28号についての研究成果と論文は先日いくつかの賞を獲ったよ。海外でも話題になってる』 「……そんなにすごいロボットだったんですか……ドラコロは」  知らなかった。取材がいっぱい来たときは確かに最先端技術を使ってるからだなって思っていたけど、僕たち一般人と研究者の世界でそこまで評価に差があるなんて知らなかったんだ。 『まあね。でもまあ、僕にとっちゃまだまだ未完成作品さ。学会の爺さん共は頭が固いから何かっていうとすぐ騒いでね、評価が高かった一方でボロクソに批判してくる博士たちも居てさ。生命の尊厳がどうとか、神に対する冒涜だとかね』  嫌んなっちゃうよねえ、と金田さんは溜息を吐いた。昼間の刈野さんの溜息もそうだったけど、大人たちも、もっと上の大人の人と戦っているんだなあと僕は思った。 そう思うと、何故だかわからないけれど一人で戦っている気がしなくて、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。 『ああ、そう言えば学会誌か何かで痛烈に批判してきたS大の牧村って名誉教授が居るんだけどね。ちょうどその人の御子息が僕と同じ感情プログラムを使ったロボット研究をしてるんだ。 確か僕が以前27号を製作して発表したときに二回、今回28号の発表では六回、その御子息が獲ると思われていた賞を掻っ攫っちゃった。たまたまねえ、ロボットが完成する時期が被っちゃってるみたい。 そのひと助教授なんだけど、毎回賞を取り逃して教授になるチャンスを駄目にしちゃってるらしくて』  だからって親に告げ口するなんて、子供みたいだよねと金田さんは笑った。 だけど僕は笑えなかった。もしかしたら、もしかするかもしれないじゃないか。 「その名誉教授が……佐久間議員に頼んだのかもしれない……」  やっとのことでそれだけ言うと、金田さんは 『うーん……可能性はあるけどね、でも佐久間氏には昔一度だけ会ったことがあるけど、僕とそう年も違わないよ。牧村名誉教授は随分御年輩だから、繋がりが見えてこないな。そこらへん弁護士さんに調べてもらったらどう?』  僕は言うことを聞いて、後で刈野さんに相談することを約束した。金田さんはあまりそうとは取れない口調で 『僕が28号をあげたりなんかしたから、妬みがそっちにまで飛び火しちゃって悪いね』  と言った。だけど欲しがったのは僕だ。ドラコロがどんなに凄い価値のあるロボットかも知らずに、可愛いというだけで連れて帰った。守りたいなんて言って、逆にドラコロを今、辛い目に遭わせてしまった。 「テレビの取材が来ても、僕がみんな断ればよかった……28号を誰にも見せなきゃよかったんです……」   情けなくて涙が出てくる。ポケットに手を突っ込みリモコンを握る。いつも一緒に居たからだろうか。目と鼻の先にドラコロは居るのに、僕の方が寂しくて、今すぐぎゅっと抱きつきたかった。 『そんなことしたって、守れないさ。隠しても杭は打たれるものだよ、英太くん。それよりも、もしも牧村教授と大柴建設と佐久間氏の間の金の動きを暴けなかった時どうするかでしょ』 「どうするって……」 『まさか君はそのまま諦めるの? 僕だったら28号を牧村教授に持って行って取引材料に使うねえ。研究者にとってデータは命だからね』  金田さんの口からそんな言葉が出るなんて信じられなった。僕は怒りながら 「だって、最初の約束に所有権は僕以外の人には譲れないってありましたよ」と詰め寄った。 『確かに。邪魔になるなら僕のところへ返すともね。でもまあ、僕が君の立場なら、約束を守ることよりも商店街を救う方が大事だなあ。普通の小学生になったつもりで考えてみると、28号なんか所詮機械だから。 自分の生活と引き換えには出来ないんじゃないのかなあ。もちろん僕は製作者として、研究者として、君には何よりもまず28号を一番に考えてほしいと思ってるよ。 でも、君が商店街を愛する気持ちがどのくらい大きいのか僕には見当もつかない。どっちを大切に思っているのかは分からないでしょ』 「な、何を言ってるんですか……そんなの、僕、そんなこと……」 『だからまあ、要するにさ、大事なことは自分にしか決められないってことなんじゃないの。僕や弁護士や親や友達のせいにしないで考えてみたら?  商店街を守れないのを28号のせいにしたり、28号を守れないのを商店街のせいにしたりしても、仕方ないでしょ。君は、何をどうしたいのか自分じゃ決められない?』  僕には決められない。  ドラコロと商店街、どっちも大事だ。  僕の決断のせいでどっちかが無くなってしまうなんて、そんなの絶対に嫌だ。  僕は何も言わず受話器をガチャンと置いた。金田さんの言っていることは正しい。厳しいけど、それは金田さんが厳しいんじゃなくて、現実の厳しさなんだってことも分かる。 それでも、今の僕には大切なものをどちらか切り捨てることなんて、出来ない。  訳が分からなくなってきて、頭が痛くなった。母ちゃんの所へ戻り、不安そうに僕を見ているドラコロを抱えて台所を出た。 後ろから「もうご飯よ」と言われたけど、僕は首を振って部屋へ行った。 「ねえドラコロ……。ドラコロはどっちがいいと思ってるの?」  僕はこの間みたいに28号のお腹に抱きついて質問した。何を訊かれているのか分からないというような顔をされた。 困って泳いでいる目の中の光は少し弱い。夕飯前でお腹が減っているのかもしれない。  僕はずるい。商店街とドラコロ、どっちを取るかなんてドラコロに訊いたって仕方がないのに。 もしも僕がドラコロだったら、商店街のことをどんなに好きでも自分を守ってほしいと思うに決まってる。誰だってそうだ。 だけど、商店街を守るってことは野木精肉店を守るってことで、うちの店を守るってことは、頑張ってきた父ちゃんと母ちゃんを守るってことで、要するに僕は、両親とドラコロを天秤にかけているんだ。  ドラコロはもう家族なのに。家族の中で誰かを選ばなければならないなんて、そんなの無理だと思った。  もしも本当に牧村教授が金田さんに嫌がらせをするためだけに、28号の所有者である僕や、28号のおかげで話題になったこの店を潰そうとしているのなら、どうにか説得できないだろうか。 本当にそんなことだけで商店街を一つ潰してしまう人がいるのだろうか。  その夜は寝ずに何かを考えようと思ったけど、知らないうちに朝になっていた。 結局、刈野さんには連絡出来ず仕舞いだ。 質問の答えが何一つ見つけられないままの僕に協力してくれとは、頼む勇気も無かった。 僕は父ちゃんたち大人と一緒に戦っているつもりだったけど、本当はまだ戦うかどうかも中途半端に悩んでいるのかもしれない。  
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