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見える目
「くっつくなよ、離れて歩けよ!」
「なんで……?どうして…?」
ベンチに座って昨日よりも赤く染まった木々を見つめていたら叫び声のような声が公園内に響いた。
「嫌いなんだよ、お前が」
唇を震わせて今にも泣き出しそうな声で男の子が言葉を絞り出した。
小学生くらいだろうか…。
感情をむき出しにして話せる相手は、今のこの世界に何人いるだろう。
私は、どうも自分の感情を出すのが下手らしく、今日も上の人に頭を下げ、自分が望んでもいない労働をした。お陰様で今年26歳になるが自分のしたいことが何かどうしたら満たされるのか分からない。
この2本の情けない足でどこに行けばいいか分からない。
「お疲れのようですね」
垂れ下がっていた頭の上から言葉が聞こえ反射的に顔を上げたると細身の男性が立っていた。
私とは、正反対の充実してそうな顔をしている。
「……なんですか」
今の私は、無愛想にも程があるだろう。目は垂れ下がり髪も嵐が過ぎ去ったあとのような状態なはずだ。
何より、人と正面を向いて話すことなどそうそうないので相手の目など見ることが出来ない。
地面ばかり見てきた人生だから。
「いえ、そろそろ暗くなって来るに公園のベンチに座ってらしたので……少し心配になりまして。」
目元から優しい声が聞こえてくるようだった。
左手につけていた時計を確認して自分が4時間もこのベンチに座っていたことを理解した。
少し遠くで騒いでいた小学生もいつの間にかいなくなっていて虚しい気持ちに襲われる。
「…ご心配ありがとうございます、大丈夫ですので」
情けない足に力を込めて立ち上がった。
「そうですか。もし良ければなのですがお時間がありましたら少しだけ付き合っていただけませんか?」
また、優しい笑顔を浮かべている。人間不信と呼ばれるくらい他人が信用出来ない私にとってこうも怪しいお誘いは遠慮したい。
「あぁ…申し訳ありません、いきなり声をかけた上にこのようなお誘いなど……えっと…」
男性は持っていた革の鞄の中を手で探り、1枚の名刺を差し出した。
掠れたようなフォントで名前が書かれている。
「四月一日 一斗(わたぬき かずと)と言います」
これが私の人生が変わる365日の始まりの日だった。
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