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「ねぇねぇ、それ、蓮の花を描いてるの?」
「え? あ、はい」
指差されたキャンパスを見て、答える。
「なんで描いてるの?」
「なんで? って。えーっと、単純に水面に浮く一輪の花っていうのが綺麗だなって」
「ふーん」
すると、先輩はティーカップを机の上に置くと、キャンパスへと近づく。
「これはお昼の蓮だね」
「お昼?」
「そう。蓮の花は昼に咲いて、夜に萎む。だから、花言葉には『休養』っていうのもあるんだよ」
「へぇ」
「でも、私はあまり好きじゃないんだけどね」
なんて、少しばかり顔に影を残しつつ、ベットに戻ると、また一口ハーブティーを飲む。
「蓮の花の花言葉は知ってる?」
「あ、えっと、確か『神聖』と『救済』と……」
「『離れていく愛』だよ」
「あっ」
「そう。これも花の特徴からきてるの。花が散る時、外側から一枚、また一枚と散っていくの。勿論、次の命へと繋ぐためなのは知ってる。でもね、やっぱりちょっと切ないかな」
淡々と語っていく様子は、まるで出会ったあの日のようだ。そして、やっぱり何か隠しているような感じで、顔を俯けていた。
それでも、どうしても、僕は怖気付いてしまう。
「……ねぇ」
しかし、先輩は––彼女は違った。
「描いてもらったこの花、知ってる?」
「い、いえ。写真しか貰ってなかったので」
「この花はね、ネリネっていうの」
一思いに全てを吐き出していく。
「あのねっ」
でも、覚悟は決まっていないようにも見えた。
「この前の検査で、悪くなってるってことが分かってね。入院しなきゃいけないんだ」
その言葉に戸惑う。
「しばらくは学校にもいけない。光輔君とも会えない」
突然告げられた言葉。
「だから、この花を描いてもらったの」
でも、気付いていた。いつかこうなることくらい。
彼女が病気だということは、それも命に関わってしまうほどの病気だということは、出会ってすぐに知らされた。だからこそ、単に、早いか遅いかの違いだけだったのだ。
そして、それが予想の何倍も早かった、と言うだけのこと。
そんなこと、頭では十分理解していた。
「ネリネの花言葉は『また会う日を楽しみに』だよ。この絵があれば、頑張れるよ」
そう言う彼女に、僕は我慢ならなかった。
出会ったときに言えなかった一言。すべきだったけど、出来なかったこと。
思いっ切り彼女の方へと寄り、抱き締める。
「なら、そんな顔しないで下さいよ。花奈先輩」
涙滴る彼女の顔は、みっともないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。
ふと、時計を見てみると、短針はもう少しで十一を指そうとしていた。
「そろそろ寝ますか?」
「うん」
「じゃあ、そのベットで寝てもらって良いですよ。僕は布団を……」
「待って」
すると、先輩は物悲し気な顔をすると、僕の目をしっかり見て、口をゆっくり開く。
「一緒に、寝たい、な」
それは僕の心のど真ん中を射抜いてしまった。そのあまりの可愛さに、軽く怯んでしまった挙句、断るという選択肢を失ってしまう。
電気の明かりが消えたこの部屋。入る光は淡い月光だけ。
そして、僕は寝てる先輩の背中に向かって一言。
「月が綺麗ですね」
それは、告白や好きということを表さない。
ただただ、別れの挨拶に、恋を表す言葉に他ならないことを後で知った。
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