真実の愛を、私を、忘れないで

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真実の愛を、私を、忘れないで

 自転車に跨り、全力でペダルを漕いで行く。  早く、もっと早く、もっともっと早く。  貪欲に、強欲に、力を最大限まで振り絞るが、普段運動していない分、呼吸は苦しいし、全身は痛いし、疲れは半端じゃない。  それでも隣を走りゆく車に負けじと、ひたすらに漕いで行った。  そして、着いたのは、『宮下』と書かれた表札が確かにある。秋に訪れた所で間違いはなさそうだ。  インターフォンを押し、ほんの少し待っていると、「はーい」と聞こえた。 「すいません。宮下 花奈さんと同じ学校に通っている高野 光輔です。花奈さんのお見舞いをしたいのですが、良ければ病院を教えていただけますか?」  そう伝えると、間を空けず、直ぐに玄関が開いた。すると、奥の方から、先輩の母親らしき人が現れる。  途端、その人は、僕の元へと寄ってきて、何か慌てているかのように喋り始めた。 「ねぇ、高野って、あの高野さん?」 「え、えっと」 「あ、あぁ、ごめんなさい。あなたのお母さんって高野 美幸(みゆき)さん?」 「え、あ、はい。そうですけど」 「そうなんですか。あぁ、良かった。こんな所で会えるとは」 「す、すいません……」 「あ、そうだった。花奈のお見舞いに行きたいんだっけ。なら、うちの乗って。丁度行こうとしてた所だったの」 「は、いや、その––」 「後のことは車で話すわ」  なんて、マシンガンのような喋りに圧倒されると、半ば強引に車へと乗せさせられる。  はぁ、そうか。先輩の強引っぷりは親譲りというわけか。  拒否することは諦め、「では、すいません。お言葉に甘えさせていただきます」と言い、助手席に乗せてもらうことになった。  そして、直ぐにでも出発し、少し長い道のりをその人と話して過ごしていた。  そこで、母が亡くなったこと。父が亡くなったことを話した。 「そうだったんだ。……私ね、美幸ちゃんとは少し縁があったんだ。同じ教師としてだけじゃなくって、人としても凄く好きだった。それに雅人さん––君のお父さんも良い人だったしね」 「そうだったんです、か」  母が教師? 初めて聞いた事実だった。  確かに仕事が忙しいとは言っていたし、日中は家にいることが珍しいほど。考えてみれば、当然と言えば、当然でもある。  しかし、父が良い人? 正直、そこは考え難くもあった。 「でも、そうだったんだ……。残念。……っていうか、何も言わずに死んじゃうって美幸、何してんのよ」  でも、多分、お世辞なんかでこの人が父を言い人呼ばわりするはずもない。そう思えた。 「あ、そう言えば、君、光輔って名前よね?」 「あ、はい」 「なるほどねぇ。君が花奈の彼氏くんか」 「か、か、彼氏?」 「何の偶然なのかねぇ、ホント」  その言葉に、ついむせ返ってしまった。  流石にその言葉の重さは尋常ではなく、あまりにも驚きが詰め込まれすぎている。まぁ、確かに彼氏でないなら、一体どんな関係? と聞かれたときに、良い答えが見つからないのもまた事実であるが。 「––––ごめんね、あんな子の最期の我が儘に付き合わせちゃって」  ただ、先輩の母親からそんな言葉が出たことに、一番驚いた。 「実は、もっと昔から病気のことは言われていてね。成長していく度に、悪化しちゃってさ」 「え?」 「本当は、一昨年の十月かな。余命宣告を受けてたんだよ。もって半年くらいって。いつ倒れてもおかしくないって」  瞬間、何かが、物凄い音を立てて、崩れていったような気がした。 「それでも一年も持ったんだし。あの子は十分頑張った。それに、まだ意地張って生きてる」 「そう、ですか」 「だからさ、あの子の我が儘、許してやって欲しいの。多分、あの子と一緒にいればいる程、気持ちを持っちゃうのは分かる。でも、最期の、本当に最後の我が儘だから、最後まで聞いてやってくれないかな?」  そういう先輩の母親は、泣いていた。 「……はい。最後まで」 「頼んだわよ」  車内に流れるラジオの物悲しいクラシックは、より雰囲気を作り出し、そんな中、決まり切らなかった覚悟を遂に決めた。
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