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到着するや否や、受付を済まし、直ぐにでも先輩の病室へと向かう。
そして、先に先輩の母親に入って貰い、会う準備をしてくれるのだとか。
「お待たせ。入って。私は受付の所で待っているから。気が済むまで話して良いからね」
そう言って先輩の母親は、僕と交代するように出て行く。ただ、やはり、その背中は、どこか泣いているかのようにも思えた。
一度、力一杯拳を作り、大きく息を吐くと、扉を開け、真っ白な部屋へと入っていった。
「花奈、先輩」
「光輔君」
明るい陽の差す部屋は、一先早く春の香りで満たされている。
先輩は腕に何本もの管を通していて、よくドラマで見るような心電図を測る機械が隣で動いていた。
そんな中でも、先輩は上半身を起こしていた。
「今日はどうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「うん」
「先輩はどうして最初にあった時、僕に最後まで一緒にいて欲しいって言ったんですか?」
すると、先輩は今までとは全然違う笑顔で、語り始める。
「その答えはもう気付いてるんでしょ?」
「……はい」
「偶々、あの桜並木にいた君のバックについてあるキーホルダー。それが私があげたものだって分かったから」
「…………」
全ては、僕の忘れていた過去にあった。
「昔、私はある男の子と会ったんだ。小学五年生って言ってたっけ。でも、その子はずっと暗い顔していて、遊ぶようになってからも、全然心を開いてくれなくてね。それでも、私がなんとかしなきゃって。色んな人に助けられながら生きてる私が、今度は助ける番なんだって」
そう。青い花のキーホルダーをくれたのは、桜の髪飾りをしていた少し年上のお姉さんだった。
そのシルエットは彼女とぴったり重なる。
「だから、文字通り命一杯遊んで、話して、笑って。そうしているうちに、その子は心を開いてくれた。でも、そんな時に私の病気も悪化しちゃった。なんて、タイミングが悪いんだって思ったよね」
そして、最後に遊んだその日の夕方。帰る場所という場所がなかったが、帰らなきゃいけない時間。
夕焼けした空を背後に、沈みかけた太陽を横目に、逢魔時に。
「その時に渡したのが、キーホルダー。その時の私が精一杯の技術を振り絞って作ったもの」
「これ、……だよね。花奈ちゃん」
ポケットから、取り出したそれを見せる。青く小さい花が散らされたキーホルダー。
僕の一番の宝物。そして、彼女と僕を繋ぐ最高の物。
「そう。––––その花、名前知ってる?」
「え?」
「その花は勿忘草って言うんだよ」
「わすれ、な、ぐさ?」
「そう、勿忘草。花言葉は名前通りで、『私を忘れないで』。あと、『真実の愛』」
そして、先輩の頬から一粒、また一粒と涙が滴り落ちていく。
それでも、先輩はとびっきりの笑顔を浮かべていた。
「あの時、もうこれで光輔君とは会えないかと思ってた。でも、また会えた。何かの奇跡だと思った。でも、私に残されてた時間は過ぎちゃってたんだよ。だから、最初はちょっと話しただけで諦めようとした。だけど、出来なかった。だって、光輔君は優しすぎるんだもん」
苦しいほど切ない声が部屋中を埋め尽くす。辛かった心の内、その全てを。
「どれだけ我が儘言っても聞いてくれるし、無茶しようとしたら支えてくれる。どんな時だって心配してくれてた。気にかけてくれてた。あー、もう。もし死んでも、光輔君への未練が残って、この世に留まちゃったらどうするのよ」
つられて僕も涙を浮かべる。いや、違う。
僕は想像してしまったのだ。先輩がいない世界を。そこで独りでいる自分を。
そして、飛びつくように彼女を抱き締めた。
「先輩……––––」
「光輔君……––––」
すると、彼女も手を後ろへと回し、僕を抱き締めた。
「約束。このキーホルダーをずっと持ってて。あと、『私を忘れないで』」
「はい。絶対に忘れません」
こうして、僕は心に決めた。
その約束を、今度こそ果たすと。
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