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以降、僕は出来る限り、彼女の元を訪れるようになっていた。
日に日に弱っていく彼女を笑わせてあげることしか出来ない。そこに無力さを感じながらも、花の話をしたり、描いた絵を見せたりした。
話題を作っては、幾度となく話しかけて行く。
その努力は届いたのか、次第に先輩は元気を見せるようになってくるようになり、会話が出来るほどまでになっていた。
その様子に、医者さえも驚いていた。それをクスクス笑ってみたりもしたっけ。
だけど、そんな日々もいつか終わりは来るもの。
ある日、学校に突然連絡が飛び込み、僕は急ぎ先輩の元へと呼ばれ、駆けつけた。
聞くと、一度心臓は停止し、何とか蘇生は出来たが、次はないとの事だった。
「花奈、花奈」
先輩の両親の呼びかけにも、応じず、もうないかと思った。でも、やっぱり最後の言葉くらい聞きたい。
そんな思いからか、気付けば、僕も声かけてた。
「花奈先輩。花奈先輩」
僕は賭けた。
昔で終わっていたはずの僕と先輩を、花奈ちゃんを繋げてくれたこのキーホルダーに。
脳裏に浮かぶのは、僕に向けてくれた笑顔。
どれだけ苦しかったのか、どれだけ辛かったのか、そんなこと考えるまでもない。
僕も、そんな彼女を命懸けで支えた。
だから。
だから、だから。
だから、お願いします。
先輩の本当の最後の我が儘です。僕のお願いです。
手に持ったキーホルダーを握り締めながら、一心に願った。たった一度の、最後の奇跡を。
「……ぅるさぃなぁ……もぅ」
掠れた声が聞こえた。先輩の声が。
流石に、首を横に振っていた医者や目線を落としていた看護師達も、この時ばかりは奇跡でも見たかの様に、目を見開いていた。
「花奈」
「花奈」
弱々しくも挙げられた腕を先輩の両親は強く握りしめる。
「……ぉ父さん、ぉ母さん……ぁりがとぅ……」
「あぁ、よく頑張ったな、花奈」
「おやすみ、花奈」
「……まだ、夜、じゃあ……なぃ……よ……」
消えかける命の灯火。それは誰にも求めることなんて出来ない。
それでも、最後の最後まで燃やし尽くそうと、全力を尽くして最大級の光を放っているのだろう。
「……光、輔……君……。……約束、守……て……ね……」
「うん、守る。守るよ」
「……破っ、たら……怒、る……から……ね……」
涙で濡れた視界に映る先輩は美しかった。
「もぅ……行か、な、きゃ……」
「あぁ、行ってらっしゃい。花奈」
「気をつけてね。花奈」
「先輩。またいつか」
「……うん……」
––じゃあね––
命一杯振り絞って、最後の力を全部振り絞って、先輩はその人生に幕を閉じ、新たな道へと旅立っていった。
先輩の両親、そして僕は、泣きながら彼女を見送り、無慈悲なまでの機械音をしばらくの間、聞いていた。
窓の外では、あの日の桜が舞って行った。
彼女の命を乗せた風とともに。
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