純潔にも毒あり

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純潔にも毒あり

 川の音が聞こえるこの小道は桜一色に染まっていた。雲一つない快晴の下に咲き誇る花々はとても美しい。その美しさと言えば、見るものを魅了し、時間さえも忘れさせてしまう程。まるで、桃源郷へ続く道にも思える。  そんな風景の一瞬を切り取り、フィルムに収めていた。  この春、僕は高校生になった。と言っても、入学式はつい数日前のこと。  ここしばらくは、オリエンテーションやら説明やらばかりで、午前中には学校が終わってしまう。  だから、こうして帰り際に制服のまま、そろそろ時期も終わる桜を撮りに来ていた。  幾度も綺麗だと思う方にアングルを向け、シャッターを切っていたが、不意に吹いて来た風に少し手を止める。 「ねぇ、そこの君」  風に乗って、飛んで来たかのような声に振り向く。 「知ってる? 桜の花にはね、毒があるんだよ」  桜の雨の中、物思いに(ふけ)るように桜の木を見つめる少女が立っていた。春風に(なび)く透明な髪、白いレースのスカートは舞う花弁(はなびら)のように揺れている。  彼女が持つ美しさは、桜そのものに感じた。 「美しく咲き誇るために、自分の根本にある小さな命を刈り取るって理由でね」  そう言う彼女は、意味深げに呟く。  つい、そんな様子に僕は、見惚れてしまっていた。  勿論、彼女の正体なんぞ、この高校に通っていれば誰もが知っていることで、「貴女は誰?」なんて、聴くまでもない。 「宮下 花奈先輩、ですよね?」 「私のこと、知ってるの?」 「まぁ。同じ学校ですし」  これだけの美人で、花に詳しく、淡いピンク色をした桜の髪飾りをしている人なんて、彼女の他で聞いたことはない。  それにしても、実際に会ったのはこれが初めてだが、噂に違わぬ美人さに少しくらいは驚いている。ただ、さして態度に出すほどでもなかったが。 「君、名前は?」 「高野(たかの) 光輔(こうすけ)です」 「光輔くんね。よろしく」  そう言って、こちらに見せた笑顔はとても可愛くて、惹かれてしまった。大人な顔立ちなのに、浮かべるのは幼気(いとけ)ない笑顔。それは相対するものなのに、綺麗だった。 「ねぇ、今お花見してるんだけど、これも何かの縁だし、ついて来てよ」 「え? は?」 「ねぇ、ほら」 「ちょっと」  彼女は急に近寄るや否や、僕の手を取り、(なか)ば強引に引っ張り、歩き出した。  勿論、困惑や気後れこそはあったものの、別に悪い気はしない。むしろ、男子とすれば、それこそ願ってもいない絶好の好機に他ならないのだ。なんて、少しの下心も持ちながら、彼女の背後を歩き始める。 「クラスは?」 「一年四組です」 「へぇ、新入生か」 「はい」 「じゃあ、これから面白い高校生活が始まるんだね」 「まぁ」  時折、通り過ぎる車の音に(さいな)まれながらも、花見をして行く。その内、気が付けば、彼女の速度にも慣れ、一緒に歩いていた。 「そのカメラ、写真部希望?」 「いや、取材、みたいなものです」 「取材? 何の?」 「絵です」 「ふーん。絵を描くんだ。じゃあ、美術部?」 「いえ、今のところ部活には入らない予定です」 「なのに、なんで写真なんか撮ってるの?」 「趣味です」 「へぇ。いい趣味してるね」  それにしても、彼女は初対面である僕に対して、何の抵抗もなく話をしていく。  何故だろう? そんな疑問は最初こそ抱いていたが、(しばら)くして仕舞えばどうでも良くなってしまっていた。
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