純潔にも毒あり

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 少し進んだ所、そこにあったのはお寺だった。  敷地に入り、本殿を通り過ぎた先、そこには小さな霊園がある。見えるのは、苦労なく数えられるほどの墓石。ただ、そこそこな良いものばかりが揃っていた。  そのまま少し奥の方へと進んでいくと、彼女は立ち止まり、そこにある墓石を指差す。 「ここが私のお墓。死んじゃったら、ここに入ることになってるんだ」  そこに刻まれているは、『宮下 花奈之墓』の一言。それを見た瞬間、息を飲んだ。その時の彼女の顔は強張っている。  それは、もう死期が近いことを意味していると容易く察せてしまうのだ。  詰まる息、流れる汗、全身を駆け巡る鳥肌。  何故か、僕は軽く仰け反ってしまう。 「あのさ」  絞り出した彼女の声にほんの少し驚くが、それでも向き合った。 「……出会っていきなりでびっくりしたよね。でも、一つお願いしたいの」  止まる風、静寂な街、沈む太陽、迫る暗闇。 「私の最期の最後まででいいからさ」  彼女の声色は澄んでいて、そして、真っ黒だった。  恐怖。  彼女の言の葉に込められた重みは、今までの何よりも辛く、苦しく、胸の奥を締め付けるような、そんなものだ。  なのに、彼女の表情は––––。  そんな様子に僕は、呆然としてしまっていた。 「……私と付き合ってくれないかな」  でも、彼女の目に映るのは、細やかな希望。きっと、僕だ。  何故だろうか。この人には、不思議と惹かれ、心を許してしまう。まだ、今日が初めて会った日だと言うのに。  そして、彼女の細く透き通った腕、しなやかなで繊細な手を繋ぐ人が、どうしても僕でないといけない気がして。 「お願い、します」  勿論、未だに整理が付くはずもない。あまりにもいきなり過ぎたのだ。  それでも、奥底に秘めた心の叫びを聞いて(なお)、知らん振り出来るような強さも生憎と持ち合わせていない。  何よりも、真直ぐな彼女の目は、僕しか見ていなかった。  僕は……。  僕は––––。 「よろしく、お願いします」  そう言って、柔らかで、暖かい彼女の手を握った。  逢魔時(おうまがとき)、揺れる陽光に包まれて結んだ僕らの仲。この出会いの最初。その全てが、何処へ向かい、どんな結末を迎えるのかを暗い影の中に示していた。  散りばめられた、瞬く星々。浮かんでいる淡く、遠い月。風の赴くままに、何処へとも知らず流される雲。(くら)き夜中でも、鮮やかに咲き誇る桜。  そんなものの下で、僕らの運命は回り始めた。  翌日、彼女は学校で僕と接触し、以来、まるで僕の恋人のような振る舞いをした。だが、あくまで僕は彼女に合わせるだけ。  彼女が「したい」ということに対して、それを手伝い、「やりたい」ということに対して、一緒にした。  流石に定期試験があったり、彼女に至っては模試が立て込んでいるということもあり、幾度か離れる時期があった。ただ、それが功を奏したのか、距離感は縮まらず、また離れず、そこそこな距離感を保てている。  こんな関係のまま、桜は緑色へと衣を変え、アヤメが咲く時期も過ぎ、気づいた頃には梅雨も明けていた。
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