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永遠の愛は膨らみ始める
木漏れ日がまだらに浮かぶこの小道は、日に日に高まる暑さを和らげてくれる。すぐ隣を流れる川のせせらぎは、鬱陶しい蝉の音を掻き消してくれていた。
「それで? 絵の進捗は?」
「まぁまぁ、ってところです」
適当な会話を交えつつ、歩いていく。
初めての期末テストという山場を越え、結果の返却も終わったこの頃は、午前中下校が大半となっていた。
お陰で、先輩とこうして一緒に下校が出来る。まぁ、家は反対方向なのだが。
「あ、ツユクサだ」
「ツユクサ……って確か、“懐かしい関係”でしたっけ?」
「うん。ツユクサの花言葉だね。でも、まだ足りないなぁ」
「うっ、勉強不足でした……」
最近、彼女と一緒にいるせいか、花に関心を持ち、色々調べてみたり、絵を描いたりしている。僕の机の上には、そうした植物図鑑や花言葉辞典が山積みとなっているのだ。
「ツユクサはね、葉っぱの上の水滴の“ 露”って言う字と、葉っぱの“草”って書くんだよ。その由来は、朝露を受けて花開き、昼になったら萎んじゃうからなんだよ」
「へぇ、なんか朝顔みたいですね」
「そうそう。英語なんかではディフラワーって呼ばれてるらしいよ」
「なるほど」
そんな会話もちょくちょく挟みながら、さらに歩いていく。
「そう言えばさ、うちに来たことあったっけ?」
「いえ、ないです」
「そっか」
唐突に言われた言葉に、思春期男子として一瞬ドキッとはした。だが、よくよく考えてみれば、彼女の家が植物園であってもおかしくない。
ただ、いずれにせよ興味があるのは事実。
「じゃあ、折角だから来る?」
「はい」
「よしっ、じゃあ急ごうか」
すると、悪戯な笑みを浮かべた先輩はちょっと駆け足で僕の先を行く。「早く早く」なんて僕を急かし、それに合わせて僕も駆け足で追いかけた。
淡く青い空の下、緑の草木を揺らしながら吹き抜ける風。何本とある木の下、幾度と踏まれながらも凛と咲く野花。
その全てを横目に、過ぎ行く時間に身を任せて、僕らは日常を満喫していた。
永遠とないこの日常を。
「よ、よし、あともうちょい、だよ」
先輩がそういう頃には、緑があまり見当たらない住宅街の一角に来ていた。ただ、時間も時間なだけあり、随分と静かだ。
「はぁ、はぁ、あ、あともう、ちょい……」
「ちょっ、一旦落ち着いて下さい」
それにしても、はしゃぎ過ぎだ。先輩はものの見事に息が上がっている。
まぁ、受験生にありがちな運動不足の解消としては良いのだろう。が、この人、自分の状況を分かっているのか、なんて心配になってしまう。
肩を貸しつつ、進んで行くと、二車線もある少し大きな通りへと出た。
そこを沿いながら、コンビニを横目に先へと進む。暫くしたところで、十字路の信号に引っ掛かり、行き交う車を見ながら待つ。
その頃には、ある程度先輩の体力も戻ったらしく、いつも通りの笑顔を浮かべながら「ありがとう」なんて言って、僕の調子を狂わせる。
坂を下ったところにある歩道橋を超え、小道に入っていった先。
「ふぅー、到着。ここが私の家」
そう言って指を指したのは、焼けたような赤色をしたマンションだった。
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