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ざっと見て、八階建て。さして古そうには見えない。まぁ、交通の便があまり良くないことを除けば、いい物件と言えるようなところ。
「さ、早く」
先輩は不意に僕の手を掴み、強引に引っ張っていく。まるで、出会ったあの日のように。
連れられ、入り口を抜け、直ぐに左を曲がり、手前から三つ目のドアの前で止まる。
そして、先輩はそのドアを開けると、「さぁさぁ、入って入って」と躊躇いもさせてくれないまま、強引に押し込まれた。
「お、お邪魔します」
靴を脱ぎ、廊下を抜け、リビングへと出た。
「今は親いないから、気楽に居てもらっていいよ」
「え? あ、はい」
「適当な椅子に座ってて貰って良い?」
「はい……」
促されるまま、椅子に座るや否や、先輩は隣の部屋へと消えていってしまった。
それにしても良い香りがする。
多分、花の香りなんだろう。なんとなく、そんな感じがするのだ。まぁ、ただ勘というか、先輩の人柄から察しがつくというか。
でも、女子の部屋っていい香りがするとかなんとかって、クラスの誰かが言っていたような……。
なんて、考えているうちに、先輩はティーカップを二つ持ってきた。
「ねぇねぇ、ハーブティーって飲んだことある?」
「ハーブティー、ですか?」
「そう。カモミールとか、ラベンダーとか。聞いたことない?」
「いや、ありますけど……飲んだことはないですね」
「そっか、なら良かった」
再び奥へと消えていったかと思えば、ティーポットを手にして、来た。
そのまま、慣れた手つきで紅茶を入れ、テーブルの真ん中の籠からお菓子を幾つか摘み、小皿に移すと、僕の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
「良いよ良いよ、そんなに畏まらなくて」
ティーカップから溢れ出す湯気は、顔の近くまで立ち昇る。
ん?
良い香り。
突然、ほんの少し緊張していた体は和らぎ、とても落ち着く感覚に見舞われた。
「良い香りでしょ? なにせ、私が直接ブレンドしたんですから」
「へぇ、凄いですね」
「まぁね」
ただ、僕に褒められたのが嬉しかったのか、割と熱いハーブティーを少し多めに口に含んでしまい、先輩は軽く悶絶してしまった。
そんな様子につい笑ってしまう。
「ちょっ、笑わないでよ」
「ご、ごめんなさい」
らしくなく照れている様子が可笑しく、また笑ってしまう。
「それで? もう期末テスト返ってきたんでしょ?」
「あ、あまり聞かないでください」
「全く……。絵が好きなのは分かるけどさぁ、勉強もしなきゃ」
「は、はい」
そうして、お茶とお菓子は、いろんな話が飛び交っていく間にその量を減らし、気付けば、なくなっていた。
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