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「って、もうこんな時間だね」
時計の針を見てみると、十七時過ぎを指している。いつしか、この部屋も、茜色に夕焼けていた。
「あ、そうだ、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「そうそう。ちょっと来て」
手招きされるまま、ついていくと、小さい庭のような場所へと出た。
「これこれ」
そう言って先輩が指を指したのは、花壇に咲く紫の花だった。
綺麗に咲いている。葉っぱには日焼けが見当たらないし、花も小さくない。それに、雑草も生えておらず、どころか落ち葉のような物で土を覆いかぶせているようだ。
凄い手入れだ。
「この花って」
「桔梗だよ」
「でも、桔梗って、秋の花じゃないんですか?」
「まぁ、昔の野草はそうだったみたい。でも、今じゃあ初夏に花が開いて、夏を経た上で、秋に散るんだよ」
「そうなんですか」
なんだか、鮮やかな紫が夕焼けに染まっている姿は美しく、軽く目を奪われてしまった。
「桔梗は英語でバルーンフラワー。その由来は––––お、あった。これだよ」
指を指したのは、まだ蕾の桔梗の花。
それは、花弁が分かれておらず、ピッタリとくっつき、まるで紫色をした風船のようだった。
「面白いでしょ?」
「はい」
そこから、隣に植えてある紫陽花なんかも見て、先輩は色々物知りげに話していく。
でも、そんなに悪い気はしない。
むしろ、何故か、どうしても僕が側に居てあげないといけない気がする。
そんな感覚だった。
「じゃあ、戻ろうか」
「はい」
そして、また部屋へと戻ると、先輩は何か思い出したように別の部屋へと消えると、若干焦りながら出てきた。
「はいこれ」なんて言いながら、僕の前に出したのは、しおりだった。
「私、押し花を趣味でやってて、折角だからあげる」
「良いんですか?」
「勿論」
と、見てみると、紫色の花弁が綺麗に挿されている。この花って。
「桔梗の花。さっき話してなかったけど、花言葉は––––」
「“永遠の愛”ですよね」
「う、うん」
「まぁ、なんとなくそんな気はしてましたけど」
「なっ……。うっ、不覚……」
表情豊かな先輩は、栞を持つ僕の手を握り、一言。
「あのさ、これからも、よろしくね」
何か隠している顔だ。それでも、僕に縋り付くような顔。
そんな先輩に、彼女に僕は答えずにはいられなかった。
「はい」
この先に、どんなことが待ち受けていようとも。
空は焼けた赤が藍色に追い出され始めていた。
逢魔時。
まだ昼の暑さが残る中、僕は彼女の家に背を向け、帰っていった。
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