お地蔵さんは、つらいよ

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すっかり紅葉した木々の間から、キラキラと木漏れ日が降り注いでいる。 苔むした庭には、朝露の小さな粒が水晶の様に苔の緑を映し出す。 ここ京都の洛北にあるお寺は、今日も穏やかな1日が始まろうとしていた。 どこかで子供の声が聞こえたと思ったら、気持ちの良い風が吹いて、一斉に木の葉が舞って、林の中の特に赤い木の葉が、隣のお地蔵さんの頭に乗っかった。 「あははは。頭のてっぺんに、葉っぱ乗ってるよ。それって、タヌキだよ。頭に葉っぱ乗せて、クルリンパって、変身するやつ。」 僕は、このお寺の庭に置かれたお地蔵さんだ。 「もう、ちょっと、からかわないでよ。あたしたち、石で出来てるんだからね。自分では、葉っぱ取れないでしょ。もう、早く次の風吹いてくれないかなあ。」 隣には、僕と同じ時期に置かれたお地蔵さんがいる。 ここに二人という言い方も変だが、かれこれ30年ほど置かれているのだ。 お地蔵さんだけれど、一応、僕は男のお地蔵さんで、隣は女のお地蔵さんだ。 まあ、その分、ずっと庭に置かれていても、少しばかり楽しい部分もある。 オッサンのお地蔵さんなんて、嫌だもんね。 「今日も、のんびりした1日だといいね。」女の方が言った。 「ああ、そうだね。でも、やっぱり、何処かに行きたいなあ。ほら、人間だったらさ、動けるもん、旅行とか行けるんだよ。僕も、何処かへ行きたいよ。」 「そうだね。北海道とか、いいなあ。広くて大きくて、気持ちの良いところなんだって。」 「ふーん、僕は、沖縄だなあ。ほら、可愛い女の子がさ、ビキニで泳いでるそうだよ。僕も一応、男のお地蔵さんだから、ナンパなんちゅーもんをしてみたい訳だよ。」 「あははは。あなたねえ。自分の姿見たことある?変な服着てさ、頭はツルツル坊主。んでもって、身体に苔はやしてるんだよ。そんな恰好で若い女の子の前に表れたら、ビックリして逃げちゃうよ。オカルト映画みたいだよ。雑誌ムーにも載っちゃうよ。」 「あのさあ。いくら何でも、この格好でナンパはしないでしょ。そうだ、その頭の葉っぱ、僕の頭に乗っけてよ。そしたら、タヌキみたいにクルリンパって、人間に化けてみせるよ。」 「だからあ。あたしたちは石で出来てるの。葉っぱ自分で取れる訳ないでしょ。気長に、次の風を待つことよ。」 「じゃ、諦めるしかないか。ずっと、この庭で気楽に立っているよ。」 そんな会話を、日がな一日、繰り返す毎日なのである。 「それにしてもさ。あたしたち、お地蔵さんで良かったよね。」 「えっ、なんで。」 「だってさ、あの不動明王さんみたいに作られたら、大変だよ。」 「ああ、そうだね。あれ、可哀想だよね。」 「そうよ。毎日毎日、悩みを解決してもらおうとやってくるんだもんね。それも、全部、かなり真剣な悩みなんだよね。あれは、ツライよね。」 「そうよ。あたしたちなんか気楽なものよ。この前も、ほら、3歳ぐらいの女の子がやってきて、あたしに手を合わせたでしょ。パンダの縫いぐるみが欲しいんだってさ。ねえ、可愛くない?あたし抱きしめたくなっちゃった。」 「それは、可愛いね。大人だってさ、僕たちには、そんな真剣な悩みをお願いしないもんね。それは、お地蔵さんで良かったと思うよ。」 人間という生き物は、自分では解決できない問題が起こったら、神仏に頼ろうとする。 その気持ちは痛いほどよく解るんだ。 どんな努力をしても、ダメな問題もある。 いや、自分の事なら、諦めも付くだろう。 でも、愛する人が、病気だとか、努力のしようもない問題だってあるんだ。 そんな時に、奇蹟が起こってくれと思う気持ちは、お地蔵さんの僕だってそう思うもの。 どうやったら奇跡が起こるか分からなくなったときに、人は、お寺だとか、教会だとか、或いは、新興宗教のようなものに、すがろうとする。 そういう、この場所もお寺だ。 ここで、祈祷を頼んだり、お百度を踏んだりさ。 そんな人の中に、こんな僕みたいなお地蔵さんにも手を合わせる人がいる。 そんな人は、やっぱり悩みを抱えているんだよね。 でも、ここで僕に言葉が話せるなら、声を大にして言いたいんだ。 僕たち、お地蔵さんには、あなたの悩みを解決する、そんな力はないんだとね。 いや、あなたたちを見放している訳じゃない。 あなたと同じように、あなたの悩みに同情しているんだよ。 でも、それを解決する奇蹟なんて起こすことができないんだよ。 そんな神通力のようなものは、全然持ってないんだ。 ねえ、考えてみて欲しいんだ。 今まで生きて来て、何度も何度も、仏像とか神様とかに手を合わせてお願いをしてきたでしょ。 それで、願いが叶ったかい? あなただけじゃない、周りの人もそうだ。 願いが叶いましたって人に会ったことがある? 無いよね。 そういうことなんだ。 冷静に考えれば分かることだ。 だから、お願いだ。 僕たちに、お願いをするのは、どうか止めて欲しい。 もう、それを受け止めるストレスに耐えられないんだよね。 こっちの方こそ、助けてと言いたいんだ。 「あ、ねえ見て。あの人また来たよ。お不動さんに手を合わせてる。」 「あ、ホントだ。あの人も、可哀想だよね。待ちに待った子供が生まれたと思ったら、旦那さんがガンなんでしょ。それじゃ、不安でしょうね。そういえば、もう30日以上、通ってるね。あたし同情しちゃうわ。」 「そう。手術もしたけど、転移してたんだってさ。」 「ああ、もう。何とかならないのかな。悔しいよ。」 「どうにもならないさ。僕たちは見てるしかできないんだもん。」 「可哀想だよう。ああ、ツライね。」 「ああ、でも、辛いのは、あの女性だけじゃないよ。あのお不動さんをみてみろよ。」 「本当だ。辛そうだね。口なんかへの字にして、怖い顔しているよ。」 「あははは。あのねえ、お不動さんはね、もともと口がへの字で、怖い顔してるもんだよ。」 「違うのよ。石の顔じゃなくて、こころの顔だよ。ちょっと、お不動さんの心の声聞いてみてよ。」 僕は、お不動さんの心にシンクロしてみた 奇蹟は起こせないけれど、相手の心を聞くことはできるんだよね。 まあ、そんなことができるから、余計に悩むんだけどね。 「解る。解る。ああ、解る。でも、わしには、あんたの旦那のガンを治すなんて奇跡を起こすことはできないんじゃ。すまん。すまんな。」 お不動さんの声は震えていた。 「不動明王様、お願いです。うちの人のガンを治してください。どうか、どうかお願いします。あたしが身代わりになってもいいです。あたしをガンにしてください。そして、あの人を助けて。お願い、お願いです。」 女性の悲痛な声が、聞こえてくる。 「ねえ、どうにかならないの?」女のお地蔵さんが言った。 「だから、無理なんだって。僕たちは、ただ人間の声を聞くだけなんだ。ただ、それだけだ。」 「聞くだけって、あたしたちの存在する価値なんてないのかしら。」 「ああ、ないよ。相手の悩みをどうすることもできないんだもん。でも、時には聞くだけで、ちょっとだけ楽になる場合もある。そんな小さな救いは与えられるんだ。そこに僕たちの価値を見出すしかない。」 そんな会話のあった1か月後。 今日もまた、女性がやってきた。 でも、いつもと表情が違う。 「不動明王さま。昨夜、夫が死にました。でも、余命1か月と言われてたのが、3ヶ月もったのは、不動妙さんのお陰です。本当に、ありがとうございました。」 そう言って、手を合わせた指に、涙がポタポタ落ちている。 「ああ、ダメだったんだ。」 「そうみたいね。でも、あのお不動さんの方も可哀想だよ。」 見ると、お不動さんは、またもや口をへの字に曲げて、苦悶の表情だ。 「そうか、そうだったんだ。それは辛かっただろう。しかし、許してくれ。わしゃ、何もできなかったのに、そんな手を合わされちゃ困る。許してくれ。堪忍や。堪忍やで。頼む、その手を下してくれ。わしに、手を合わせないでくれ。」 お不動さんの心の涙が、ポタリポタリと、女性の頭に落ちていた。 「ああ、お不動さんの唇震えているよ。僕だったら、あれは耐えられないよ。逃げ出しちゃうね。」 「だから、お不動さんも石だから動けないでしょ。ただ、置かれた場所で、耐えるしかないのよ。」 「そう考えたら、人間って良いよなあ。逃げ出せるんだもん。最後は、逃げられる。」 「でもさ、逃げた先が天国だとは限らないよ。」 「あなたさ、結構、厳しいことを言うんだね。」 「現実を言ってるだけだよ。」 「でも、たとえ一瞬でも、楽になれるじゃない。」 「うん、それは言えるね。こっちは、永遠だもんね。石の寿命って、何年だろうね。」 「ああ、長いよ。なかなか石は雨風では消えちゃわないよ。1万年とか、そんなだろう。」 「じゃ、1万年、ずっとあなたと一緒な訳。」 「不満そうだね。僕は、ひとりで1万年よりは、君と1万年の方がいいけどなあ。」 「あ、それ、人間でいうプロポーズだったりして。」 「まあ、そう受け取ってくれても構わないけどさ。」 「ちょっと嬉しいかな。でも、その答えは、5000年ほど待ってね。」 「5000年って。」 「だって、あたしたちの人生は、長いんだもん。」 そんな仲の良い二人のお地蔵さんは、まあ仏像の中でも、幸せな仏像なのだろう。 何しろ、お地蔵さんさんだからね。 そんなことがあって、1ヶ月ほど経った時だった。 お寺の庭に変化があった。 「おお、ここだ。このお不動さんだ。」 大きな声がした。 お寺の住職の凡海さんだ。 何を食べたらあんなにテカテカになるのかというぐらいに顔が光っている。 後ろに作業員らしい3人の男を従えている。 「ああ、これですか。ここに屋根を作るんですね。」 「そうだ。実はな、さっき言ったように、このお不動さんにお参りをしたら、余命1ヶ月のがん患者が、3ヶ月も生きられっちゃう話を、ある女性から聞いてな。そりゃ、間違いなくお不動さんのお陰だと気が付いたんじゃ。わしは、長年の修行で、霊感ちゅうもんを身に着けることが出来たんでな。解るんじゃ。」 「なるほど。そしたら、このお不動さんも、屋根を作って貰って、出世したということですな。」と、作業員の内の1番年配の男が言った。 「そういうことだ。わしも人助けをする職業だしな。ここで、みんなに拝んでもらって、出来るだけご利益を貰ってほしいんや。」 「さすが、ご住職ですね。それは素晴らしい。みんな喜びますね。」 「そうじゃろ。そうだ。ここに看板を立てようか。『延命不動尊』ってのは、どうや。さっきの女性も、旦那の寿命が延びたってことは間違いない話やしな。一願不動尊ってのもええなあ。あなたの願い事を1つ叶えますってコピーも添えようかな。いや、やっぱり延命の方がええか。兎に角、アピールの仕方やな、ポイントは。他に何かええ案あるか。」 「そうですね。普通のお寺の不動明王さんやったら、ただ手を合わせるだけやから、何かちょっと頼りない感じしますよね。でも、そこでお客さん、あ、いや、お客さんって言ってしまったけど、何て言うのかな、お参りに来た人に、何かやってもらったら印象に残る気がしますね。」 「ほう。例えば。」 「そうですね。例えば、柄杓を置いておいて、水を掛けるようにするとか。それとか、自分のハンカチで、お不動さんの持ってる剣を撫でたら、そのハンカチにご利益がコピーされるとか。」 「おお、そういう意見が欲しかったんや。水を掛けるのは、あれやな。大阪の水かけ不動さんと同じやな。まあ、同じことするのも良いけど、そのハンカチは、手やな。よし、それでいこ。」 「本当ですか。それは意見を言った甲斐があります。」 「そうや、そのハンカチもオリジナルで作った方が、インパクトあるな。あ、それから、賽銭箱は、ちょっと大きめに作ってな。」 そんな会話を、お地蔵さんの二人が聞いていた。 「スゴイこと計画してるな、凡海さんは。金儲けしか考えてないんか。」 「それより、あのお不動さん見てみて。もう、ボロボロだよ。」 「凡海さん、どうか、どうか、それだけは、止めてください。お願いです。もう、人間から悩みを聞くのは限界です。それに、そんな人間に、期待を持たすような仕掛けは、お願いですから、止めてください。その女性だって、たまたま、旦那の寿命が2ヶ月伸びただけなんです。わしの力のお陰じゃないのは、凡海さんが、一番知ってるでしょ。だから、お願いです。お願いです。勘弁してください。お願いです、、、、、、。」 お不動さんの悲痛な叫びが聞こえて来た。 「ああ、ついにお不動さんが、凡海さんに土下座したよ。」 「可哀想だよ。それにしても、お不動さんは、言っても仏様でしょ。その仏様が、人間に土下座って、こんなことしていいの?」 「ああ、仕方がないよ。だって、あのお不動さんも、僕たちお地蔵さんも、作ったのは、人間なんだもん。」 「人間が、作った。それは、そうだけど、、、、。」 「詰まりは、あの人間こそが、神様なんや。」 「人間が、神様、、、。」 「ああ、神様の人間が、僕たち仏様のお地蔵さんや、お不動さんを作った。この世で1番エライ存在なんやな。」 「あんな顔テカテカの坊主が神様やなんて、、、悲しいなあ。」 凡海の声が響き渡る。 さすが、お経を毎日唱えているだけあって、声だけは大きく滑らかな声だ。 「あ、そうだ。このお地蔵さんにも、何か仕掛けが欲しいな。あ、そうや、頭撫でたら、ストレスが解消っていうご利益はどうや。そうや、頭撫でるハンカチも必要やな。1枚1000円ぐらいか。おい、君たち、至急検討してくれ。」 作業員に後ろを振り向きもせずに、言った。 「ええっ、それはダメだ。凡海さん、それだけは、勘弁してください。お願いや、お願します。」 そんなお地蔵さんの声も聞こえないのだろうか、凡海の声が続く。 「今日は、みんな前向きな意見を出してくれて、ありがとう。今夜は、美味いビールが飲めるなあ。そうや、折角やから、ステーキでも食うか。ちょっと贅沢して松坂牛がええな。やっぱりみんなが喜んでくれることを考えるのは楽しいな。」 大きな笑い声とともに、本堂に消えていった。 気が付くと、女のお地蔵さんが、ぶつぶつ呟いている。 「お願いです、凡海さま、あたしたちを、この石で出来た仏像と言う体から、開放してください。お願い。神様、お願です。もう、あたし、おお地蔵さんは、無理です。」 「神様かあ。」 このまま、僕たちは、1万年間、毎日毎日、人間の悩みを聞き続けなければならないのだろうか。 そして、何も助けてあげることができないというジレンマとストレスに、悩み続けなければいけないのだろうか。 逃げ出したい。 でも、それは無理なんだ。 ずっと、この置かれた場所で耐えるしかないのである。 1万年、、、永遠だよ。 「こんな人間社会は、もう耐えられないよ。みんな殺し合って、人類全員死んでしまえば楽なのに。」 お地蔵さんは、小さな声で呟いた。
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