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彼が特別に優しいのも、鬱陶しい我儘に応えてくれるのも、罪悪感があるから。
そして私は、彼がトイレの蓋を閉めなくても、脱いだ服を片付けなくても、何も感じない。それは彼が、私の夫になることは有り得ないから。
「あーあ、そろそろ時間だ」
佳久は心底残念そうに溜め息を吐いた。どこかの二流役者みたいだと、ひどく可笑しく思えてしまう。でもそれを抑え、「寂しい」と彼の頬にすり寄った。
この人とはいつか別れるんだろうな。そう思いながら抱かれて、もうすぐ二年が経つ。
例えば電気料金を払い忘れてしまったり、友達からの連絡を放置してしまったり。私はそういうだらしない女で、だから佳久との別れも棚上げし続け、気が付いた時にはもう薄甘い水の中から出られなくなってしまった。
ぱちぱちと弾ける恋は、もう二度とできない。いつの間にか、そういう場所まで来てしまった。
「またね」
別れ際の抱擁を交わし、街中で佳久を見送った。心は冷めているはずなのに、彼の肌から離れた今、いつもより冬が寒く感じるから笑えてしまう。
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