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早足で歩きながらコートの襟元を寄せ集め、小さく息を吐き出した。目の前が、淡い白に染まる。冬の凛とした空気は好きだけど、この物悲しさは苦手だ。
大きな商業施設のガラスに、自身の姿が映った。疲れ顔の私と目が合い、佳久と別れるのは暖かくなってからにしようと、守れそうにない期限をひとり設けたときだった。
「怜奈先生」
自分が呼ばれたことに、すぐには気付かなかった。先生なんて呼ばれたのは、青春が終わりかけていたあの頃だけだったから。
もう一度名前を呼ばれて、今度こそ振り返る。見覚えのある、でも幼さの抜けた顔が、私を見てくしゃっと潰れた。
大学生の頃に、一年間だけ家庭教師のアルバイトをした。彼はそのときに生徒だった、木崎くんだ。褪せていた脳内が、彼を見て途端に鮮やかに色付いた。
「めちゃくちゃ久しぶりですね、怜奈先生」
「本当に、めちゃくちゃ久しぶり。元気だった?」
「はい、元気ですよ。今仕事の帰りで」
そう言われて、ようやく気付いた。彼の襟元にはバッジが付いていて、あの頃の夢を叶えたんだと、甘酸っぱい高揚感が込み上げてくる。
「おめでとう。弁護士になったんだ」
「ありがとうございます。でもようやくです。何度か失敗して、やっと今年から」
「諦めずに頑張ったんだね。本当にすごいよ」
彼の手を取り、勢いよく上下させた。本当は飛び跳ねてはしゃぎたかったけど、ヒールを履いていたからやめておいた。
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