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「大丈夫ですか?」
木崎くんが、心配そうに眉を寄せて私の顔を覗き込んできた。
えっ、と聞き返した私の声は濡れていて、おかしいなと思ったときにはもう、涙が頬をつたって足元に落ちていた。何年も泣いていなかったのに、どうしてだろう。何がこんなに悲しいんだろう。
「ごめんね、なんか、……寒くて」
意味の分からない理由をこじつけて、指の腹で頬を撫でた。堪えようとするほど、涙は溢れてくる。零れ落ちてくるそれを必死に拭っていると、心地良い肌触りの何かが頬に触れた。
マフラーだった。間の抜けた顔で彼を見つめていると、ぐるぐる巻きにされてしまった。よしと呟いた彼は、子供みたいに得意気に笑う。
この表情、知らない。でも好きだな。
そう思うのと同時に、身体の奥で何かがぱちぱちと弾けた。思わず胸を抑え、そして笑い声を溢してしまった。突然笑い出した私を、彼は不思議そうに見下ろしている。
「ありがとう。あの、このマフラー」
「あげます。先生へのお礼に」
冗談めかして言う木崎くんを、清々しい気持ちで見つめ返した。彼の連絡先を教えてもらおう。佳久に別れを告げて、そしてこのマフラーを返すときに、好きでしたと伝えよう。
彼の好きだったあの頃の私には戻れない。でも、失恋させてくれてありがとうと真っ直ぐに言えたら、私の好きな私になれる気がする。
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