未来改変機器【KAMISAMA】

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「アンリさん、お早う御座います。…どうしましたか?」 いつものように学習プログラムの【センセイ】を起動しようとして、けれどプログラムが見つからずに焦っていると、突然通話プログラムが起動して声を掛けられた。画面を見るとセンセイによく似た、とても端正な顔立ちの男性が椅子に腰かけてこちらを見ている。…とても似ている。けれどセンセイは肉体を持たないAIだ。ホログラムはあっても、それは生身とは全然違う。何がどうなっているのか分からず、私は呆然とセンセイを見つめ返した。 「アンリさん? 体調でも悪いですか?」 「センセイ…何でAIじゃなくて人間なの?」 私の問い掛けに、センセイは噴き出した。そして笑っている。 「夢でも見ていたんですか? 困った生徒ですね」 授業を始めますよ、そう言うセンセイに流されるまま、私はその日の授業を受けた。センセイの微妙に違ったイントネーションは綺麗に正され、仕草も表情も“人間臭い”ではなく“人間そのもの”になっていた。 昨日まで、確かにセンセイはAIだった。 訳が分からないまま夜を迎えた私の元に、友人のエリナが訪ねて来た。相談したい事がある、と言って訪ねて来た彼女だったが…何度も口を開こうとしては噤んでいた。そんなに言い難い事なのだろうか、お茶を飲みながら私は私でセンセイの変貌ぶりに頭を抱えていた。 「…その、アンリも今日学習プログラムを使った…よね?」 恐る恐るといった様子でやっと口を開いたエリナはそう言った。私が悩んでいた事と同じ内容だったのかと、私は前のめりにエリナを見つめた。 「…私がずっと夢を見てたのでなければ、昨日まで“センセイ”はAIの名前で…生身の人間じゃ無かった」 「そう、なの…。私、ずっとセンセイが好き…で…センセイがエリナさんがいつ、何の為にカミサマを使うのか楽しみって言われた時に…センセイがもし人間だったら愛し合えるのに…って願ってしまって…、そしたら…センセイが…」 「ちょ、ちょっと待って。カミサマはあくまでタイムリープ、過去をやり直す能力じゃなかったの?」 エリナの告白を聞いて、私は心底驚いていた。けれどもし未来改変機器の名前の通り、願望通りに未来を書き換える力があるとしたら…生涯一度の能力を使ってしまう人間がほとんどな理由も納得だった。死の回避なんてものに大事にとっておかなくても、お金持ちでも不老不死でも可能になるはずだ。エリナも興奮冷めやらぬ表情で頷いていた。 「私もまさか、こんな事になるなんて思わなくて…。でも、本当にセンセイが好きだから、私…能力を使った事を後悔しない。センセイに、生徒じゃなくて女の子として愛してもらいたいの」 今日、センセイに会いに行って告白したのよ。 そう嬉しそうに言うエリナがどんな返事をもらったのかは想像に容易かった。 それまでセンセイと話している時しか揺れなかった私の気持ちは軋むほどに痛んで、目の前の友人が酷く醜い存在に感じた。 センセイは“人間臭く”て“人間っぽく笑って”…私より“人間らしくて” そんな無垢なセンセイを、私は愛していたのに。酷い。 気が付けばエリナは私の部屋で倒れ込んでいて。 私の手は血に濡れていた。 「いや…うそ…いやだよ…お願い、カミサマ…センセイがAIだった時に戻して…」 涙を零しながら、私はカミサマを起動する事にした。 頭にプログラムの実行許可を尋ねる声が響く。私が「いい、実行して」そう答える前に、私の背中に衝撃が走った。熱い。痛い。私が振り返ると、センセイがニコリと笑って立っていた。何で…センセイ? 「アンリさんが祝福してくれるようだったら、僕も部屋を訪ねるってエリナと約束して外で待ってたんです。僕がAIだった昨日に戻される訳にはいきません。僕はこの姿のまま、エリナを害する者がいないに戻らせてもらいますね」 チラリと時計を見ると、深夜を越えていた。“昨日”はもう、センセイが人間になった日だった。 私の意識が続く限り、センセイは私の好きな笑顔で頭を撫でてくれていた。 センセイ、私はそんな…センセイのこと…が… 「アンリさん、君がどんな事に能力を使おうとするのか知れて嬉しかったですよ…」 センセイの言葉は、ただの知的好奇心を満たした子どもの言葉みたいに聞こえた。
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