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第2話
黙々と午前中の仕事を終わらせてやっと昼休みになった。
私はいつものようにリンリンに声を掛ける。
「リンリン、今日のランチはどこに行く?」
「あ、ごめんね神奈ちゃん。今日はお弁当を持ってきてるんだ」
そう言ったリンリンはバッグから花柄のランチバッグを取り出した。
「へぇ、お弁当なんて珍しいね」
「うん。ちょっと節約しようかなと思って」
「そうなんだ……。じゃあ私もコンビニでお弁当でもかってこようかなぁ」
するとリンリンは慌てて首を横に振った。
「私に合わせなくていいよ。どっかでゆっくりおいしいものを食べてきて。私、昼休みにちょっとやりたいこともあるし」
なにか怪しい……。
そう思ったけれど、それを尋ねることはできなかった。
コンビニ弁当も好きだけど、あんな風に言われたらお弁当を買ってきて一緒に食べるなんてこともできなくて、私は後ろ髪を引かれながら会社を出る。
どこに行こうかと考えたけれど、やっぱりリンリンの様子が気になるから、会社と一番近くて、早くて安くておいしいと評判の牛丼チェーン店に行った。
そうして手早くランチを終えて私はすぐに会社へと戻る。
オフィスには入らず、周囲を気にしながらそっとリンリンの様子を伺うと、お弁当を食べ終えた様子のリンリンはスマホをさわりながら微かな笑みを浮かべていた。
次の日も、その次の日もリンリンはお弁当を持ってきた。
仕事中の会話なんてたかがしれている。
一緒にランチを食べる時間こそが、私とリンリンの最大のふれあいの時間だったのだ。
私もお弁当を持ってこようかと思い、睦に頼んだらお弁当作りを拒否された。自分で作ろうと想ったけれど、朝、起きることができなくて作ることができない。
そもそも料理なんてほとんどしたことがないから、お弁当を作るなんてハードルの高いことはできないのだ。
こうしてランチタイムのリンリンとの語らいの時間がなくなり、リンリンとの会話は一気に減った。
それだけじゃない。
リンリンは仕事中もソワソワすることが多くなり、トイレ休憩でも頻繁にスマホをチェックしたり操作したりするようになったのだ。
リンリンに避けられているとは思わない。避けられているというのならば、悪い意味でかもしれないけれど、リンリンから意識されていると言えるだろう。
だが、今の状況はそれよりも悪い。
リンリンに意識されていないどころか、リンリンの目に私が全く映っていないと感じるのだ。
そんな状態が二週間以上続いて、私はついに耐えられなくなった。
「ねぇ、リンリン。最近スマホをよく見てるけど……もしかして、恋人でもできたの?」
こんなにかわいいリンリンに恋人がいない方がおかしい。だけど、恋人がいたら私は立ち直れない気がする。それでも聞かずにはいられなかった。
「え? 違うよぉ」
そんなリンリンの言葉に、大型ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
少し顔を赤くして、慌てて否定するリンリンの姿は、言葉の意味とは裏腹に、恋人の存在を肯定しているようにしか見えなかったからだ。
魂が削り取られたような感じだった。
仕事中も、家に帰ってもなにもやる気が起きない。
「睦ぃ、ねーちゃんはもうダメだぁ」
私はソファーにうつ伏せで倒れ込んでぼやく。しかし睦は姉の心中などお構いなしでスマホを操作していて返事すらしない。
「リンリンに恋人ができたっぽいんだよぉ!」
さらにアピールするために大きな声で伝えたけれど、睦は「ふ~ん」と言うだけだ。
口に出したくもないような大ニュースを発表しているのに反応が薄すぎる。
こんな薄情な弟に育てたつもりはない。
悔しいから、ソファーに背中を預けて床に座っている睦の背中をガシガシと蹴った。
しかし、いくら睦の背中を蹴っても気持ちは晴れない。
仕方なく私は体を起こしてソファーに座った。
リンリンに恋人がいるのは悲しいけれど受け入れるしかない。気持ちを切り替えよう。
「うん、私にはベルちゃんがいるっ」
そう言うと、なぜか睦が少し振り向いて私を睨んでいた。蹴られたことに腹を立てているのかもしれない。心の狭い男だ。
「この間、鈴さんとベルさんは同一人物かもって自分で言ってたじゃないか。だったらベルさんにもフラれたってことだな。ダブルで失恋おめでとう」
睦はニヤリと笑いながら低い声でそう言うと再びスマホに視線を移した。
本当に腹の立つ弟だ。
睦の言うとおり、リンリンとベルちゃんが同一人物ならばそういうことになるだろう。
しかし、リンリンの様子が変わってからもベルちゃんはそれまでと同じようにゲームで話している。
だから同一人物なんてことはあり得ないのだ。
私は睦のことをを無視してスマホを操作して『ファーマーズクエスト』を開いた。
しばらくのゲーム内で農作業に勤しんでいるとメッセージマークがついた。
慌てて開くとベルちゃんからのメッセージだった。
私は思わずニヤリとする。
やはりリンリンのことで受けた心の傷を癒やせるのはベルちゃんだけだ。
そんな風に考えながらメッセージを目で追う。
「グホッ」
私はうめいてソファーに倒れ込んだ。気持ちとしては吐血するくらいの感じだ。
「神奈、どうした?」
興味なさそうに尋ねた睦にスマホの画面を見せる。
その五秒後、睦はブハッと吹き出した。
もうダメだ。
私は立ち直れない。
ベルちゃんから届いたメッセージには『今週末から新婚旅行に行くため農協戦に参加できません。ごめんなさい。あと、生活サイクルが変わるので参加頻度が下がるかも……。ご迷惑を掛けるかもしれませんが、今後も参加したいと思っているのでよろしくお願いします』と書いてあった。
「ベルさんと鈴さんが別人だっていうのが証明されてよかったな」
睦はやけに嬉しそうに言う。
姉の傷心をこんなに嬉しそうにするなんて信じられない。
私は足を大きく回して睦を蹴り上げながらソファーから立ち上がった。
「寝る。今日の農協戦は出ないからっ」
そうしてそのまま寝室に移動してベッドに潜り込んだ。
こんな仕打ちをするなんて神様はひどすぎる。
付き合えるなんて思っていなかったけれど、ときめいていることくらいいいじゃないか。
それとも、二人の人を同時に好きになってしまったことへの罰なのだろうか。
もう心がボロボロだ。立ち直れない。
それでも私は最後の気力を振り絞ってベルちゃんに返事を打った。
『うわー、結婚おめでとうございます! 新婚旅行楽しんでね。農協戦は、無理しないように参加してくれればいいよ』
ちゃんと笑顔の絵文字も添えておいた。
涙を隠して笑顔で祝福を送るなんて、私って結構いい女なんじゃないの?
そんなことを思いながら、私は目を閉じたのだった。
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