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第6話
スマホゲーム『ファーマーズクエスト』内に設立できる農協『星の農場』の組合長は、プレイヤー名『オクトーブル』。つまり、私だ。
組合員の『ランド』は、私の弟の睦。そして『グロッケ曹長』は私の会社の同僚のリンリンこと三島鈴。
私たち三人の関係はちょっと複雑なものになっている。
初期設定では……
・私 → 〈好き〉 → リンリン
・リンリン → 〈同僚〉 →私
という、ごくごくありふれた片想いの構図だった。
それが少し変化して……
・私 → 〈好き・失恋〉 → リンリン
・リンリン → 〈友だち〉 → 私
・リンリン → 〈好き?〉→ランド
・ランド(睦) → ???
こんな感じで三角関係っぽいものになるのかと思ったら、今では……
・私 → 〈好き・失恋〉 → リンリン
・リンリン → 〈友だち・襲う〉 → 私
・リンリン ← 〈敵意〉 → 睦
・睦 → 〈シスコン疑惑〉 → 私
というよくわからないものに変異していた。
そもそも、私のことをフッたリンリンが私を襲うという構図がおかしい!
こんなの、恋愛経験値ゼロの私には難し過ぎる。
通常、経験を積めば経験値が上昇するものだけど、経験値ゼロからいきなり無理ゲーをプレイしたってクリア出来るはずもない。どんなにプレイしたって経験値すらたまらない気がする。
つまり私はいまだに経験値ゼロということだ。
あの異常な構図が仕上がった夜から、ほぼ毎週リンリンがウチに泊まるようになったけれど、あの日以降は比較的穏やかな日々が続いている。
リンリンは相変わらず私をからかうようなことを言うけれど、あの日みたいに襲いかかるようなことはしない。
もしかしたら、からかいすぎたと反省したのかもしれない。
それに睦が来客用の布団一式を買ってきたので、シングルベッドにリンリンと二人で寝るという修行からも解放されている。
別に、ちょっと残念なんて思ってない……。断じて思っていない。
そんなこんなで木曜日。
チラリと時計に目をやると、終業時間まであと少しになっていた。仕事も順調に片付けたので、残業をすることなく帰路につくことができる。
「神奈ちゃん、何かいいことあった?」
隣の席のリンリンが私の顔を覗き込むように少し体を傾けて尋ねた。
私は少しドキッとしたけれど、それを顔に出さないように細心の注意を払う。
「いや、別になにもないけど?」
「そう? なんだかウキウキしてるように見えたんだけど……」
「んー? 週末が近いからかなぁ」
「もしかして、私が泊まりに行くのが楽しみだから?」
「え、いや……」
「違うの?」
「えっと……違わないよ、でも、なんていうか、みんなで対戦して遊ぶの楽しいじゃない。それでかなぁ」
「うん、楽しいよね」
あまり追求されることなく会話は終わった。
私はホッと息をついてラストスパートで仕事を片付けていく。
週末にリンリンと睦と三人で集まってゲームをするのが楽しいのは本当だ。
ただし、私が今日浮き足立っているのはそのせいではない。
実は、今日ベルちゃんと会う約束をしているからだ。
私が組合長を務める『星の農場』に参加しているプレイヤーで私の心のオアシスとなっているベルちゃんだ。
ベルちゃんから結婚して新婚旅行に行くと聞いて、私の淡い恋はすでに終わりを迎えていたが、ベルちゃんへの好感度はいまだ高い。
ゲーム内のメッセージでやりとりをしているだけで、名前も顔も知らない相手だから、私が想像している人とは違うかもしれない。
現に、リンリンは『ランド』のことを年上の女性だと思っていたらしい。そんな風に実際の人物像とは違う想像を膨らませているという可能性は否めない。
だから実際に会うことに少しの不安はあるけれど、それ以上にベルちゃんと会ってみたいという気持ちが強かった。
ゲームの世界でリアルのことを聞くのはマナー違反だと思っていたから、ベルちゃんに「会ってみたい」なんて伝えたことはない。
ところが私がリンリン、睦とリアルで集まってゲームをしていると気付いたベルちゃんが、自分も参加したいと言い出したのだ。
そこでまずは私と会って話をしてみようということになった。
住んでいる場所が遠い場合は、いくら参加したいといっても無理なのだけれど、ベルちゃんの住んでいる場所はウチからさほど離れていない場所だった。
ウチに誘わず、二人だけで会う約束をしたのは、なんとなくリンリンに知られてはいけないような気がしたからだ。
別にやましいことなんてない。本当に、ない。
終業時刻になり、私はそそくさと帰り支度をした。
「それじゃあ、お先に失礼します」
私は平静を装っていつも通りに挨拶をすると、リンリンに声をかけられないよう素早く会社を出た。
もしもリンリンに「一緒に帰ろう」とか「帰りにちょっとお茶しない?」なんて言われたら、なんと言って断ればいいのかわからない。
だからとにかく声をかけられないことが最善の方法なのだ。
会社から出ると辺りを確認してから、足早に待ち合わせ場所に指定されたファミレスに向かった。
急いだせいか、待ち合わせの時間よりも早くファミレスに到着する。
私はゲーム内のメッセージ機能を使って到着したことを伝えた。
するとすぐに「右です」という返信が届く。
言われるままに右側の席に目を向けると、少し置くの席で立ち上がって手を振っている女性がいた。
私は少し緊張しながらそのテーブルまで歩き、その女性に「ベルちゃん?」と尋ねた。すると「はい。そうです」と笑顔で返事があって少しホッとした。
私はフリードリンクをオーダーして、話をするより先に飲み物を取りにいった。
急いで来たことと緊張で喉がカラカラだ。
スッキリしそうな炭酸飲料を持ち、私はベルちゃんの向かい野跡に座る。
改めてベルちゃんを見ると、想像以上に若く見えた。
十代でも結婚はできるから、人妻だから年上とは限らない。
それに見た目と年齢が合っていないことだっていある。
リンリンだって高校生くらいにしか見えないほど童顔だけど、実際は私より年上だ。
ベルちゃんは本当に若い人妻なのか、驚くほど若々しい人妻なのか、どちらなのだろう。
「オクトーブルさんと会えてうれしいです。でも……名前も顔も知らない人間と、こんな風に簡単に会っちゃうのは危ないですよ」
ベルちゃんは大人の忠告めいた言葉を口にした。やっぱり見た目が若い人妻で実年齢は私よりも上なのかもしれない。
「いやいや、それを言ったらベルちゃんも同じじゃないですか」
私が返すと、ベルちゃんはウフフと唇をすぼめるようにして小さく笑った。
めちゃくちゃかわいい。
ちょっぴり、ほんのちょっぴり胸がキュンとしてしまった。
人妻相手に血迷ってはいけない。恋愛経験値ゼロの私に人妻との恋愛なんて高度なことは不可能だ。
「改めまして、オクトーブルこと渡月神奈です」
「ベルこと鈴原梢(すずはらこずえ)です」
ゲーム内のメッセージでは頻繁にやりとりをしていて、気心の知れた相手だけど、はじめて対面するとなんだかぎこちない感じになってソワソワする。
居心地の悪さとワクワクとうれしさと緊張が一挙にあふれて、何を話せば良いのかわからなくなってきてしまった。
そういえば、ベルちゃんに会えることがうれしくてすっかり忘れていたけれど、私は恋愛経験値がゼロなだけでなく、対人スキルも低レベルなのだった。
初対面で楽しい会話ってどうやってすればいいのだろう?
きっとリンリンがいたら、そつなく話を振ってくれるのだろうけれど、そのリンリンに内緒でここに来たのだから頼ることなんてできない。
色々考えたけっか、ベルちゃんの結婚の件について聞いてみることにした。
「そういえばご結婚されたんですよね? おめでとうございます」
私にとっては失恋の思い出になるのだけれど、新婚のベルちゃんにとってはなにより幸せな話題のはずだ。
「あ、それ嘘です」
ベルちゃんはあっさり言うと紅茶を一口飲んだ。
「え? えぇ?」
「結婚した話は嘘です」
改めて丁寧に説明してくれたけれど私は若干パニック状態だ。
見知らぬ相手とゲーム内でやりとりをするのだから、すべてが本当のことではないだろうし、嘘をつくことだってあるだろう。
しかし私はその嘘で結構ショックを受けたのだ。
嘘だったことを喜んで良いのか、嘘をつかれたことに憤ればいいのかわからない。
「結婚……してないんだ……」
「はい。だって私、まだ高校生ですよ」
「高校生っ?」
新たな爆弾が投下された。
「もしかして老けて見えます?」
「いや、そうじゃないけど……若い人妻なんだなと思ってたし」
もう私は何に驚けばいいのかわからない。
「うふふ、びっくりしました?」
イタズラの成功を喜ぶようにベルちゃんは笑う。その笑顔はかなり魅力的だ。小悪魔という称号を与えたいと思う。
「で、でも、なんでそんな嘘をついたの?」
「勉強の息抜きでゲームを始めたんですよ。だから、最初は軽く遊ぶ程度だったんです。でも、オクトーブルさんに親切にしてもらえたのがうれしくて、ついハマっちゃったんですよね」
ベルちゃんがそんな風に思っていてくれたのは純粋にうれしい。
「だけど、ちょっと真剣に受験勉強をしなきゃいけない時期になっちゃったんで、ゲームを控えようと思ったんです」
「それなら結婚なんて嘘をつかなくても……」
「親切にしてくれたオクトーブルさんに何も言わずにゲームを控えるのは気がひけて……。だけど受験だからって言ったら年齢がバレちゃうじゃないですか。それに受験でゲームをやめるなんて夢がないと思いません? だから、なんとなく楽しそうな理由がいいな~って。新婚旅行なんて楽しそうでしょう?」
「そ、そっかぁ……なるほどぉ……」
相づちを打ってみたけれど、どうしてそんな風に思い至ったのかイマイチ理解できない。
それでもベルちゃんの中ではつながっているのだろう。
それに他人を傷付けるような悪意のある嘘じゃない。実際には、私が傷ついたけれど、それはちょっと別の話だろう。
「オクトーブルさん、お祝いのお返事くれたじゃないですか。それがちょっと寂しかったんですよ。少しくらい悲しんでくれるかと期待してたのにな」
小悪魔ベルちゃんは上目遣いで言った。
実際にはかなり落ち込んでいたから、私はその罠にまんまとはまっていたわけだ。
「あっ……と、それなら今日は良かったの?」
「何がですか?」
「まだ受験終わってないよね? ゲームを控えようって時期にこうして会いに来てて大丈夫なの?」
「推薦が通ったので大丈夫です」
「へぇ、優秀なんだね」
「はい。優秀なんです」
ベルちゃんはニコニコと笑って答えた。こうした率直な物言いは嫌味がなくて気持ちが良い。
それから私たちは軽食をオーダーして、軽く食事をとりながらゲームのことやお互いのことをたくさん話した。
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