35人が本棚に入れています
本棚に追加
第7話
話題は私がリアルで一緒に対戦に参加しているメンバーのことになった。
「グロッケ曹長さんが一緒にプレイするようになったのは最近ですよね?」
「あぁ、うん。会社の同僚なんだよ。同じゲームやってるって偶然知って、じゃあ一緒にやろうよってことになったんだよね」
実際にはもう少し複雑な事情があるけれど、さすがにそこまで赤裸々に話さなくてもいいだろう。
「へぇ、うらやましいなぁ。ランドさんも同僚さんなんですか?」
「ランドは私の弟だよ」
「弟さんなんですか? 私、てっきり恋人なのかと思ってました」
ベルちゃんの言葉に私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そんな風に思われたのかぁ~、やだなぁ」
するとベルちゃんは手を伸ばして、テーブルの上に置いていた私の手を握った。
「私、ずっとオクトーブルさんのことが気になってました。今日、実際に話して確信しました。私、オクトーブルさんのことが好きです」
「へ?」
あまりに唐突で、何を言っているのか理解できなかった。
手を握られたままジッと見つめられて、時間が止まったように身動きが取れなくなる。
どれくらい時間が経ったのかわからないけれど、ベルちゃんの言葉が告白であることにジワジワと気付くと、心臓がバクバクと騒ぎ出した。
生まれてはじめての告白だ。
「いや、いやいやいや、ちょっと待って、そんなはずないよね」
信じられないという気持ちが押し寄せる。
「私のこと、嫌いですか?」
ベルちゃんは上目遣いで私に問う。
ちょっと反則技っぽい。
そんな攻撃に私が耐えられるはずなく、思わず目をそらしてしまった。
「き、嫌いなわけないじゃない」
そう答えるのが精一杯だ。
「じゃあ、好きですか?」
「そ、それは……好き、だけど……」
好きか嫌いかでいえば、間違いなく『好き』になる。
だけど、この返事で合っているのだろうか?
私の思考のスピードよりも早くベルちゃんがニッコリと笑って言った。
「よかった。じゃあ、両想いですね」
両想い?
そういうことになるのだろうか?
不意にリンリンの顔が浮かぶ。
私はリンリンのことが好きだったけれど、すでにフラれている。
ベルちゃんのことも好きだったけれど、それはゲームの向こうにいるベルちゃんだ。
多分、ドラマに出てくる主人公を好きな気持ちに近いのだと思う。
実際に合ったベルちゃんは、予想外に高校生で驚いたけれど、かわいいと思うし、話していても楽しかった。
だけど、本当にベルちゃんを『好き』というのが正しいのかわからない。
そもそもこんなにあっさりと両想いになっていいのだろうか?
つい最近、妙に複雑な人間関係を体験したばかりだから、こんなに簡単に両想いなんて戸惑いしかない。
「あ、そうだ。明日、オクトーブルさんのお宅に泊まりに行ってもいいですか?」
両想いになったらいきなりお泊まり?
急展開過ぎませんか!
「私もリアルタイム対戦をリアルでやりたいです」
ベルちゃんの言葉にホッとした。
一緒にゲームをしたいだけか。
「うん、いいよ……」
そう返事をしたとき、背後から私の声を打ち消すように「ダメっ」という声が響いた。
振り向いて声の主を確かめるまでもない。
よく知っている声だったからだ。
間違いなく背後にいるのはリンリンだ。
スーと体が冷えていき、それでいて背中に汗が伝うような寒気が走るような感覚に襲われる。
血の気が引くとはこういうことをいうのか……。
多分、嫁に浮気がバレた旦那の気持ちはこんな感じなのだろうな……なんて現実逃避的な思いが頭の端に浮かぶ。
しかし私とリンリンは付き合っているわけではない。
私はリンリンにフラれて、ただの友だちで、会社の同僚でしかないのだ。
だからビクビクする必要なんてない。堂々としていればいい。
そう自分に言い聞かせるけれど、いまだに怖くて振り向くことができない。
するとリンリンの方が動いた。
私たちのテーブルまで来ると、まだ手をつないだままだった私とベルちゃんの手を引き剥がして、私の隣にドカリと座る。
「えっと……あの……。リンリンはいつからいたの?」
恐る恐る尋ねると、リンリンは目をつり上げてベルちゃんを凝視したままボソリと答える。
「最初から」
最初からって、最初からですか?
会社を出てここに来るまで、何度も後ろを振り返って確認したけどリンリンが付いてきていることには気付かなかった。
尾行の達人ですかっ!
「いたなら声をかけてくれればいいのに……」
喉がカラカラで声がかすれてしまったが、私はなんとか笑顔を作って、なんでもないことのように装う。
するとリンリンは横目で私のことを偽ロット睨んだ。
怖い。
「この子、高校生だよね? 犯罪だよ」
リンリンに言われてハッとした。
そうだ。両想いとかそんなこと以前に、ベルちゃんは高校生なのだ。
危ない、危ない。
「大丈夫ですよ。私、もう十八歳ですから」
ベルちゃんは平然と言った。
ちょっぴりホッとした私とは裏腹に、リンリンの顔がさらに険しくなる。
そんなリンリンに臆することなくベルちゃんは続けた。
「オクトーブルさん、こちらの方はどなたですか?」
「グロッケ曹長だよ。私の同僚」
「あぁ、オクトーブルさんに付きまとっている人ですね」
ベルちゃんの言葉にリンリンはクワッと目を見開くと、なぜか私を睨み付けた。
私じゃない。私、そんなこと言ってないよ!
プルプルと首を横に振ってアピールする。
「グロッケ曹長って、おじさんかと思ってたんですけど、おばさんだったんですね」
ベルちゃんも怖い!
満面の笑みですごい毒を吐いてるよ!
「神奈ちゃん、この口の利き方も知らない生意気な小娘のどこが良い子なわけ?」
リンリンが、これまで聞いたことのないくらい低い低い声で言った。
ゲームに届くメッセージを見ながら、私が「ベルちゃんは良い子だよ」と言っていたことを指しているのだろう。
私が答えるよりも早くベルちゃんが口を挟む。
「私は、相手を見るだけですよ。敵と和気あいあいとする気はありませんから」
相変わらずベルちゃんは笑顔のままだ。
これがゲームならば、ベルちゃんとリンリンの間に火花が散るエフェクトが描かれているんだろうな。
もう家に帰ってゲームしたい。
「神奈ちゃん、こういう裏表のある子は良い子って言わないから」
「いい加減にしてくれませんか? 私とオクトーブルさんは両想いでお付き合いをすることになったんです」
ちょっとまって! いつの間に付き合うことになったの?
両想いだったら自動的に付き合うという仕組みなんだろうか?
ワタワタしている私を無視して、ベルちゃんの言葉が続く。
「そういうことなんで、曹長? 軍曹? は口を挟まないでください」
そう言うと、ベルちゃんは再び手を伸ばして私の手を握った。
リンリンはベルちゃんの言葉には応えず、真剣なまなざしで私を見つめる。
先ほどまで浮かんでいた怒りは見えない。
「神奈ちゃんはどうしたいの?」
静かに問う声が余計に怖く感じる。
「えっと……。ゲームなら四人ですれば……」
「これはゲームじゃないよ。私か、この小娘か、どっちかしか選べないんだよ」
「え、選ぶって……え?」
私は答えられない。
リンリンの顔とベルちゃんの顔を交互に見た。
こういう場合、どう答えるのが正解なのだろう。
せめて選択画面が出れば良いのに……
A.リンリンを選ぶ
B.ベルちゃんを選ぶ
C.両方選ぶ
D.逃げる
C.の選択肢は絶対にバッドエンドになりそうだ。
できればD.を選びたいところだけれど、私のとなりにリンリンが座っているから逃げ出すこともできない。
そもそもリンリンを選ぶとはどういう意味なのだろう。
選択肢が出てもやっぱり私は選べない。
そうして考えている間にタイムアップになってしまったようだ。
リンリンは深いため息をついて肩を落とした。
「そう、わかった」
そうつぶやいたリンリンの顔からはすべての表情が抜け落ちていた。
そのままリンリンは立ち上がって店を出て行く。
私は去って行くリンリンの後ろ姿を目で追うことしかできなかった。
「わかった」って、一体何がわかったの?
ちゃんと教えてくれないと私にはわからないよ。
わかっているのは、私はリンリンが好きだったけれどフラれているということだ。
そしてそんな私をベルちゃんは好きだと言った。
私もベルちゃんのことは、多分好きだと思う。
だったら複雑だった相関図がシンプルになっただけなのではないだろうか。
私←〈好き〉→ベル
私←〈友だち〉→リンリン
複雑でわかりにくい相関図が一気に整理された。
だからこれでいいはずなのだ。
それなのに、どうして私の胸はズキズキと痛むのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!