第8話

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第8話

 リンリンに内緒でベルちゃんに会いに行った。  だけどなぜか、その場にリンリンが現れた。 「私、オクトーブル(私)さんのことが好きです」  と言ってくれたベルちゃん。 「私(リンリン)か、小娘(ベルちゃん)か、どっちかしか選べないよ」  と言い残したリンリン。  どれだけ考えても、リンリンの言葉の意味がわからなかった。だから結局、どうするのが正しいのかわからない。  そもそもの話でいうと、私はリンリンのことが好きだったけれど、とっくにフラれているのだ。  そしてベルちゃんは私を好きで、私はベルちゃんに好意を抱いている。つまり両想いということらしい。  友だちのリンリン、恋人のベルちゃんという両方を選べるような気がするのだけど、リンリンが選べないというのだから選べないのかもしれない。  リンリンを選ぶというのはどういうことなのだろう。友だちをとるか、恋人をとるか、みたいな話なのだろうか。  翌日、考えすぎて寝不足気味で会社に行ったのだけど、リンリンはいつもと変わらない様子だった。  普通に朝のあいさつをしたし、仕事の伝達や相談をしたし、昼休みには一緒にランチを食べてたわいない会話をした。  いつもと違ったのは、金曜日なのにリンリンが一人で先に帰ってしまったことだけだ。  リンリンが言った、どちらかしか選べないとは、リンリンを選ばなかったら、週末一緒にゲームをする時間がなくなるという意味だったらしい。  確かに我が家にベルちゃんも含めて四人で集まって対戦するとなると少々狭い感じはする。  だけどまったく入れないというほどでもないのに……。  私とリンリンと睦。三人でワイワイ言いながらゲームをする時間は楽しかった。  リンリンにからかわれて胸が少し苦しいことはあったけれど、一緒に過ごす時間が楽しかったことに嘘はない。  もう、あんな風に過ごすことができないのだろうか……。そう思うと、リンリンにからかわれていたときとは違う胸の痛みを感じた。  私は一人でトボトボと家路につく。  でも、こんな気持ちのまま家に帰るわけにはいかない。  今日は、ベルちゃんがウチに来て一緒に対戦をすることになっているのだ。  ベルちゃんとはメッセージのやりとりをしていて好感を持っていたけれど、顔を合わせたのは昨日がはじめてだった。  だから、両想いだから付き合おうと言われてもなんだかピンとこなかったのだろう。  お互いに好きなら付き合うのが自然な流れだと思う。  こえれから一緒ゲームをして過ごす時間が増えれば、付き合うことにしっくりくるはずだ。  私は自分にそう言い聞かせながら、ベルちゃんと待ち合わせをしている駅に向かった。  待ち合わせの場所にはすでにベルちゃんがいた。 「制服、どうですか?」  開口一番にベルちゃんはそう言うと、笑顔でクルッと回ってみせた。 「うん、かわいいね」  昨日は私服だったけれど、こうして制服姿を見ると、本当に高校生なんだなという現実がジワジワと推し押せてくる。  そしてハッとした。 「ベルちゃん、今日は泊まりたいって言ってたよね。おうちの人は大丈夫? 良かったら私から電話しようか?」 「全然問題ありません。大丈夫です」  ベルちゃんは爽やかな笑顔で即答したけれど、その笑顔が逆に怖いと思うのは考えすぎだろうか。  念のために何度か確認したけれど、本当に大丈夫だと言うので、ベルちゃんを信用して家に連れて行くことにした。 「ただいま~。ベルちゃん連れてきたよ」  玄関をくぐってそう声をかけると、リビングから「おぅ」と睦の声がした。  無愛想な返事だけど、多分ゲームをしているのだろう。いつも通りの都城運転だ。  先週までは私と睦、リンリンの三人でゲームをしていた。  今日からは私と睦、ベルちゃんの三人でゲームをすることになる。  メンバーがひとり入れ替わっただけだ。きっとこれからも楽しい時間を過ごせるはずだ。  そう自分に言い聞かせてみたけれど気持ちは晴れない。  重い気持ちのままリビングの扉を開く。 「おかえり」  リビングから私たちを迎える声がした。  睦の声ではない。  かわいらしい女性の声だった。  私は慌ててリビングの扉を開けた。そのすぐ脇から、ベルちゃんも中を覗き込む。  リビングにいる睦以外の人物の姿を確認して、私が声を出すよりも早くベルちゃんが叫んだ。 「なんで軍曹がここにいるんですかっ!」  ベルちゃん、微妙に間違ってるよ、軍曹じゃなくて曹長だよ。なんてツッコミを入れられないほど私は驚いていた。  私より先に会社を出たリンリンが、私の部屋で睦と並んでソファーに座ってスマホを操作しているのだ。  私より先に会社を出たから、私より先に家に着いているのは当然のことだ。  だけど、ウチに来るなんてひと言も言わなかった。  先週まで一緒に帰っていたのに、先にひとりで帰ったら、ウチに来ているなんて思わないじゃないか。  さっきまで私は、リンリンのいない週末が寂しいと思っていたのに、すごいだまされた気分だ。  だけどリンリンがこの部屋にいることがうれしい。  リンリンはゆっくりと顔を上げて私をチラリと見た。そしてすぐにベルちゃんへと視線を移す。  そうして発せられたリンリンの言葉は、耳を疑うものだった。 「私、睦くんと付き合ってるの。だからここにいるのよ」  とても淡々とした声だった。  だが、その言葉の破壊力はその衝撃はすさまじくて頭が真っ白になった。  聞き間違いかもしれない。  そう思ったけれど、 「わぁ、軍曹と弟さんお付き合いしてるんですか?」  なんていうベルちゃんの確認の言葉で、聞き間違いではないことがはっきりしてしまった。  複雑だった相関図が一気にシンプルになった。  リンリンが「ランド=睦」と知らなかった頃、リンリンはランドに惹かれていた。だから、二人を引き合わせたらこうなるかもしれないと危惧していたこともあった。  だけど先週までの二人に、そんな雰囲気や素振りは一切なかった。 「嘘でしょう……」  ようやく私の口から出た言葉は、 「じゃあ、今日はカップル二組で農協戦ができますね!」  というベルちゃんの声にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。 「そうだね」  リンリンは笑みを浮かべてベルちゃんの言葉を肯定する。  いつものように私をからかうための冗談なら早くネタばらしをしてほしい。だけど、いくら待っても「冗談だよ、驚いた?」というリンリンの言葉はなかった。
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