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演奏が終わって、海瀬妃亜乃は肩で息をした。吸い込む空気は、新鮮な熱を帯びている。
東棟一階の視聴覚室では、机が隅に寄せられて、軽音楽部の練習スペースが確保されていた。黒板には練習予定が記されていて、妃亜乃たちのバンドは二番目だ。
「どう? けっこう上手くいったんじゃない?」
妃亜乃は三人にそう問いかける。川辺澄香が赤いベースから手を離し、ピックを置いて答えた。
「まあ、最初にしてはね。でも、妃亜乃。あんた、二番のBメロでちょっとミスったでしょ。間奏に入るとこ」
「ごめん、はじめて合わせたから。確かにここ不安だったんだ」
妃亜乃は手を合わせて謝った。二学期になって部長を引き継いだ澄香は、人一倍責任感が強く、眼鏡の奥の目が燃えている。
妃亜乃は先ほどの合奏で、引っ掛かったところを、もう一度さらってみる。手を大きく広げなければならず、なかなか難しい。
「それから、大剛。ちょっと全体的に走ってる感じあるから気をつけて。もっと気持ちゆっくりめに、ね?」
「おお、分かった。次、気をつける」
澄香の言葉を、山藤大剛はハイハットを調節する手を止めて、頷きながら聞いていた。一人だけ半袖だが、Tシャツの首元が汗で滲んでいる。
バスドラムやスネアドラムを、叩きながら調整する大剛。視線を上げると、一瞬妃亜乃と目が合ったが、すぐに逸らした。
「あと、巧磨」
澄香は、しゃがんでエフェクターをいじっている丘荻巧磨にも声をかけた。「何だよ」とそっけない声が返ってくる。
「演奏は問題ないんだけどさ、ちょっと音大きすぎ。あと尖ってる感じするから、ハイも少し下げて」
「俺は今のままが好きだけどな」
「うん、分かってる。でも、妃亜乃のキーボードが聞こえにくくなっちゃうからさ、もう少し控えめにしてくれるとありがたいかな」
そう言われて、巧磨は妃亜乃の方を向いた。妃亜乃はペダルを踏むタイミングを確認しながら、巧磨の視線に応える。
すると、巧磨は頭を掻いて、「分かったよ」とだけ言って、アンプのボリュームを下げた。
外は涼しいけれど、密閉された視聴覚室は熱がこもっていく。妃亜乃は天井にあるエアコンを見上げた。動いているところは、見たことがない。
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